第3話 進まない関係と最高の写真。

 俺と真里香まりかは同居を始めた。

 同居を始めても真里香まりかとの関係は以前のままだった。

 俺は彼女真里香を大切に思うが故に手を出せずにいたのだ。

 真里香まりか彼女真里香の双子の姉である真理沙まりさと部屋を借りて一緒に暮らしていた。

 俺とこの部屋に住むという事は姉の真理沙まりさにこの事を話すのだろうか?

 真理沙まりさにしても突然妹が帰ってこなくなるのは心配をするに決まっている。

 まあこの辺りの身辺整理は俺が口を出す筋合いはないし、真里香まりかに任せるしかない。




 真里香まりかとの生活は一言でいうならば、心地好い生活だった。

 人間不信だった俺には縁のない生活そう思っていたのだが、同居を始めると以前の考えが間違っていた事に気付かされていた。

 真里香まりかは積極的に家事を行ってくれた。

 最近では夫婦でも共働きが多いせいか、家事を夫と妻とで分担する事もあると聞く。

 俺も真里香まりかも仕事や学業をしているが、真里香まりかは家事全般を行ってくれている。

 真里香まりかは掃除、洗濯、料理が好きな様で俺が手伝おうとしてもそれをいつも拒否してくる。

敏也としやさんはゆっくりしていて。」といつもその一言と笑顔で俺に家事をさせようとはしない。

 一人で暮らしていた頃は、食事は外食だったが、部屋の掃除、洗濯など当然俺も行っていた。

 真里香まりかと過ごすようになり、俺は家事を全く行わなくなり、その分楽になってしまった。

 言っておくが、俺は家事をさせる為に真里香まりかと同居しているのではない。

 真里香まりかと一緒に居たいから同居しているのである。

 真里香まりかが家事を行っている間、最初はそれを眺めていて、その光景も悪くないと思っていた。

 

 だが、それが当たり前になってしまうと、今度は暇を持て余してしまった。

 正確にはやる事はある。

 だが真里香まりかが家事をしてくれているのに、俺だけ好きな事をしていてはダメな気がしていたのだ。

 だが真里香まりかはそんな俺の思いを汲み取ったのか、「準備できたら、呼びに行くから、ずっと私を眺めて居なくてもいいから。」とやはり笑顔で俺を気遣ってつれた。

 俺はその時間は、俺にとっての生活の糧である、カメラ、レンズなどの整備をする時間に当てていた。

 そして、趣味で撮っていた風景写真の整理なども行えていた。

 改めて撮り溜めた写真を見ると膨大な量だった。

 仕事でも写真を撮り、趣味でも写真を撮る。

 俺は本当に写真に憑りつかれているのだと、再確認できた。

 膨大な写真を整理していると、家事を終えた真里香まりかが部屋に入ってきた。


「お待たせ、あら写真を整理していたのね。」


 真里香まりかは俺の撮った写真に興味津々だった。


「うあ、これ綺麗な写真ね・・・。」


 真里香まりかは一枚の風景写真に目を奪われていた。

 周りは街路樹が移っており首都高と一般道に光の筋が通り、街灯が明るく照らされた写真だった。


「これどこで撮ったの?」


「ん?・・・ああ、これは前の俺の借りてた部屋の自転車置き場の脇だな。」


「え?」


 真里香まりかは俺の言葉にあっけに取られていた。


「失礼だけど、敏也としやさんの前のマンションの近くにこんな素敵な風景撮れるところってあったっけ?」


「まあ、これは狙って撮った訳では無いのだけど、光を絞って、シャッターを開放したらこんな写真になった。」


 真里香まりかは俺の言っている意味は理解できていないだろう。


「うん、私はカメラの事は解らないけど、撮り方次第で見慣れている風景も、こんなに素敵な写真になるってのは理解できた。」


 うん、やはり理解できていない。

 だけど、知ったかぶりをすることも無く、俺の言いたかった本質は捉えてくれた様だ。


「俺も一様プロだから出来上がった写真のイメージはある程度は想像できる。」

「だけど、この写真の様にイメージ以上の物を撮れることもあるし、またその逆もあるんだ。」


「そうなんだ、プロでもそうなのね。」


 真里香まりかは俺の撮った写真を興味深く見ていた。


敏也としやさんは、風景写真専門なの?」


「ああ、これはプライベートで撮った写真だからね。」

「実は俺、人物写真が嫌いなんだ。」


「ふーん、そうなんだ・・・。」

「でも、敏也としやさんの写真はどれも素敵ね。」


 俺が人物写真を嫌いな事を話したが、普通ならここでどうしてそれが嫌いなのかと聞いてくるだろう。

 だが、真里香まりかはそれをしてこない。

 俺が理由を話せばそれを聞いてくれる。

 だから、真里香まりかとの付き合いはとても楽だし、気を使わなくても良かった。


「ねえ、一つ聞いても良い?」


「ん? 何?」


敏也としやさんの一番気に入っている写真ってどれ?」


「気に入っている写真か・・・。」


 俺は立ち上がり、部屋の隅に移動した。


真里香まりか、俺さっき真里香まりかが気に入ってくれた写真が、狙って撮った写真じゃないと言ったよね?」


「ええ前、敏也としやさんが住んでいたマンションの自転車置き場の脇からの写真よね?」


 真里香まりかは先程の会話を思い出し笑顔になっていた。

 意外な場所からの風景写真だった事の思い出し笑いだろう。


「俺は一応プロだから、出来上がる写真はある程度イメージで出来る事も。」


「言ってわね。」


「だけど、偶然に想像以上の最高の写真を撮れることがある。」


 俺は額に入れたA3サイズ(297mm×420mm)に引き伸ばされた写真を真里香まりかに見せた。


「これって・・・私!?」


「そう・・・夕暮れ時、日比谷公園で偶然再会した時、思わず撮影してしまった写真。」

「あの時は思わずシャッターを切ってしまっていた。」


 俺が真里香まりかに見せた写真は、真里香まりかとは気づかず偶然出会った時撮影してしまった写真だった。


「これが俺が撮った最高の写真だよ。」


 真里香まりかは俺の最高傑作であるの写真をマジマジと見てくれている。


「綺麗・・・まるで私じゃないみたい。」


「紛れもなく、君自身だよ。」


 真里香まりかは俯き加減になり、少し自身のなさそうな表情となった。


「本当の私はこんなに綺麗じゃない・・・これは敏也としやさんの技術で綺麗に捕れただけだよ・・・。」


「俺は前に言ったよね? 「プロカメラマンの俺が撮影せずにいられなかった」と君は撮影せずにいられなかった魅力的な被写体だったんだよ?」


 真里香まりかは相変わらず自分に自信が無い様だ、やはり真里香まりかが言っていた、綺麗な姉の真理沙まりさが原因なのだろうか?


「俺はこうも言ったよね?「写真に写った人物は切り取られた時間の真実の姿」と・・・つまりこれは、真里香自身のあの瞬間の姿に間違いない。」


「だって、私がこんなに綺麗なら真理沙まりさにだって負けてないよ・・・。」


真理沙まりさちゃんが今どんな姿をしているかは俺は知らないけど、自信を持っていい、君はとても綺麗だ。」


 やはり真里香まりかは双子の姉真理沙まりさに劣等感を持って居るのだろう。

 場の雰囲気から、真里香まりかを励ますつもりが、口説いている様な雰囲気になってしまった。


「本当にそう思ってくれる?」


「今更何を言っているんだい? 俺は真里香がいいから一緒に暮らしたかったんだよ?」

真里香が化粧して、着飾ったらものすごい美女の完成になるよ。」


 真里香まりかは少し考えている様だ。

 そして彼女から質問をされた。


敏也としやさんは私にそうなってほしいと思ってるの?」


 上目づかいで俺の意見を待っている真里香まりか


「んー。俺は真里香まりかの本質は知っているし、正直あまり目立ってほしくないってのはある・・・。」

真里香まりかしたら正直、俺だけが知っている真里香まりかを他の男に見られるかと思って、正直嫉妬しちゃうだろうな・・・。」


「今のままが良いって言ってくれてるって事?」


「正直、真里香まりかしたいなら反対はしないし、するのは自由だと思っている。」


「ううん、私は今の方がいい・・・。」


 真里香まりかは目立つのが嫌なのか、目立つ事はあまりやりたがらない、正直女なら綺麗になる為努力するものではないのだろうか?


「だって私、お化粧めんどくさいから嫌いなの・・・。」


 俺は真里香まりかの言葉に思わず吹き出してしまった。

 何か深い理由があると思い込んでいた俺だったが、その理由がこんな単純な理由だったなんて。


 真里香まりかは笑っている俺を見て頬をふくらましていた。


「もう、敏也としやさんひどい! なんでそんなに笑うの!」


「いや、ごめんごめん・・・化粧しないのって深刻な理由があるのかと思っていたら、そんな理由だなんて・・・。」


「目立ちたくないってのは本当だよ・・・だけど化粧するのって実は私はあまり好きではないの・・・。」


「意外だね、料理や掃除、洗濯をあんなに手間をかけてやってる、真里香まりかの言葉とは思えないよ。」


「だって、それは好きな事だから・・・、でもお化粧は嫌い・・・。」


「でも化粧しないといけない機会ってあるよね、そんな時はどうするの?」


 真里香まりかは部屋の天井を見上げて何か考えていた。


「そんな機会ってあったっけ?」


 徹底している・・・真里香まりかは今まで化粧をする機会が無かったのだろう。


「あるでしょ・・・結婚する時とか新婦が化粧しない訳には行かないでしょ!」


「あ・・・。」


 少女の夢である可愛いお嫁さん・・・真里香まりかの中ではノーメイクのイメージだったのか・・・。


「・・・その時は我慢して、化粧する・・・。」


「大丈夫だよ、その時はメイクはプロがしてくれるし・・・。」

「しかし、メイクした花嫁姿の真里香まりかを見たら来賓者が全員ビックリするだろうな・・・。」


「どうして?」


 あれだけ俺が言っても真里香まりかはまだ理解できていないらしい。


「そりゃー、とても綺麗な花嫁姿に皆目を奪われるからだよ・・・いやぁ・・・楽しみだ・・・。」


「楽しみって・・・。」


 そう言うと真里香まりかは黙ってうつむいてしまった。

 心なしか顔が赤くなっている様だ。

 俺がその表情を見ている事に気付いた真里香まりかは後ろを向いてしまった。

 真里香まりかは俺の言葉から、俺が真里香まりかへ結婚を考えている真剣な付き合いというのを感じ取ってくれた様だ。


 その日の夜はいつもの真里香まりかとは雰囲気が違った。

 いつもより艶っぽく、そして覚悟の様なものが感じられた。

 俺もそれを感じ、真里香まりかと体を重ねた。

 そうなるとは想像もしていなかった為、なにも用意しておらず自然のままでの行為となってしまったが、湧き上がった感情は止める事は出来なくなっていた。

 俺の恐れていた悩みは、他愛無く解消されていた。


 そして俺達の関係は、同居から同棲へと変化した。

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