追悼05 無慈悲な撮影欲求ー影狼の法廷・触法少年

 桜子にも心を開く友人が先輩にた。中学に入学した頃、クラブ活動を望んでいた桜子は目を輝かせ、模索していた。その際、声を掛けてくれた先輩である本田飛鳥と自然な形で溶け込み仲良くなった。馬が合った。まさにこの言葉がぴったりの出会いだった。同級生の中にも美帆たちの報復をを恐れ表立っては示さないもののメールや電話では励ましや心配を寄せてくれる仲間もいた。桜子にとってそれで十分だった。一人で悩み、答えを出し、メールを送る。そこには「死にたい」の文字が増え始めた。「死にたい」「死にたい」と一方的に送られる者にとってその回数が増すごとにその信憑性は薄れていき、秘密ごとの鍵は緩まり桜子の思惑と異なり、噂話としていつしか美帆たちにも届くようになっていた。

 時には気分のいい日もある。出席日数の事もあり、学校に出向くと案の定、美帆たちに知られ、放課後、拉致された。


 「あんたさぁ、死にたい、死にたいって言っているよね。なら、死んでよ。どうせ、出来ないでしょ。なら、許さないから」


 桜子は、美帆たちの仲間、小・中学生の10人程に囲まれた。


 「周りに小学生がいるのに死にたい死にたいとか、死ぬ死ぬとか言ってて、どうせ死なないのに次の日またあの公園に現れたら。小学生にはそういうのダメでしょう」


 小学生の存在を使って桜子を思い留めさせる言い方とも取れなくない。ならば、切羽詰まっている者を前に「止めろ」の分かり易い発言がなかったのか疑問だ。そこまで知恵が回らなかったとすれば、後日談になるが桜子がなくなってどう思うのかの問いに「正直何も思わない」ではなく「残念です」となるはずだ。思考能力に多少の問題・未発達さがみられるが、無感情さは精神の闇を感じ得ない。

 誇れるものがない美帆は、狡猾さを維持し、周りの気配を嗅ぎ分ける才能だけは自己保身のため育っていた。その才能は、如何にして他者を萎えさせ、従属させるかだった。美帆は、無意識に桜子の発言の死ぬではなく、言ったことを行わない罪悪感を桜子に植え付け、パニック状態に追い込んでいった。

 桜子の脳裏には、辱めを受けた幾日のことがフィードバックし、言う事を聞けばこの場を逃げられる。その思いが強く桜子を支配し始めていた。その葛藤を嘲り笑い煽るように「飛び込め、飛び込め」のコールが茶化すように連呼されていた。桜子は、パニックになりながらも最後の力を意識に集中させ北勢中学に「助けて」と連絡を入れた。美帆たちは、桜子が学校に連絡を入れたこと何事もなかったように見過ごし、桜子への追い込みを加速させた。

 桜子から連絡を受けた北勢中学の教員は、事の重大さを感じ、躊躇うことなく警察に一方を入れ、現場に向かった。

 高岳風馬は桜子の嫌がる仕草を執拗に真似た。その悪ふざけは、野獣に追い込まれた小動物の桜子には威嚇行為にしか思えず、精神的に追い込まれていく。桜子は、美帆たちのせっつく言霊に背中を押さ欄干を乗り越え土手を滑り降り、寒空の下の冷え切ったウッペツ川に飛び込んだ。


 「本当に飛び込んだ」

 「どうする?」

 「いいんじゃない、自分で飛び込んだんだから」

 「そうだな、俺たちには関係ないか」


 事の重大さや結果を全く考える余地のない傍観者たちは、珍しいものを愉しむように携帯電話で桜子の様子を競って撮り始めた。



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