プロローグ

折村おりむら薪雄まきお

それが俺の名前だ。

その名前が書かれた一枚の紙は、俺に望んだ言葉を記してはいなかった。


「……」


絶望が押し寄せて来る。

必死になって頑張った成果が報われなかった。


「く、そ……」


本来、来る筈だった合格通知は、俺の元には来なかった。

大空が見える空の下。屋上に上った俺は悔しさのあまり涙を流して声を荒げる。


「畜生ォ!!」


大学受験で失敗した俺には合格通知は来なかった。

大学一本に絞っていた為に、俺は進学する事は出来ない。

その事実が俺を苦しめる、自分が否定された様な絶望が押し寄せて来る。


「あぁ……畜生……」


受かる為に頑張ったのに、なんでこうも上手くいかないんだ。

三年間、三年間だ。ゲームをする時間も外に遊びに行く時間も、犠牲にしたんだぞ。

親に幾ら予備校の金を払わせたと思ってんだよ、幾ら俺の為に犠牲にしてくれたと思ってんだよ。


「死ね、死ねッああああああッ!!」


要領が悪くて頭が悪いそんな自分を呪ってしまう。

叫んで叫んで、思い切り叫んで、喉が枯れ果てて張り裂ける程に声を荒げる。


「……これでも、駄目なら……だったら……」


俺は涙を拭って歯を食い縛り、この悔しさと苦しさを噛み締める。

屋上のフェンス前に言って、錆びた網を掴んで空を睨む。


「やり直しだ……今度は、失敗しない……ッ」


親に迷惑を掛けてしまうだろう。

それでも今更後には引けない。

すっぱりと諦める程、俺は往生際が良い人間じゃない。


「はぁ……はぁ……」


俺を呼吸を整えて意識を切り替える。

そうだ、やり直すんだ。

ただやり直すんじゃない。

この悔しさと経験をバネにして乗り越えてやる。

これまでもずっとそうしてきたんだ。

そして、これからも、繰り返して、絶対に乗り越えてやる。

そう思った矢先だった。

俺は空を見上げて、其処に何から現れるのを見た。


「……骸骨?」


様々な建造物が立ち並ぶ都市の中心に、雲を割って出現する、黄金色の骸骨が上半身を出している。

それは八体程いて、片手には音色を変える為のピストンバルブが無いブブゼラの様なトランペットを握り締めている。

その骸骨が出現すると同時、脳裏に声が響いた。


―――選別の時である。

―――旧世界で朽ちる者、新世界で栄える者

―――それを下すは汝らの原点デザイアで定まる。

―――より大きな願望を、欲望を、希望を、求め、訴えよ。

―――その者こそが、新天地にて生きる資格あり。

―――終わりの歌を響かせよ。生誕の産声を鳴らせ。

―――『審判の喇叭ゴッド・フロム・クラリオン


黄金に輝く巨大な骸骨が、錆びた喇叭に歯を立てる。

音楽と言うには美しさも醜さも、聞き惚れる事も聞くに堪えないとも言い難い。

何故ならば、放たれる音は音色ではなく、単純な衝撃による物質崩壊だったから。

建物も、車道も、地面も、大空ですら、強大な目に見える破壊の現象に飲み込まれる。

いきなりの出来事、急に訪れる『終わり』。

その終わりのカタチは、寿命による老衰だとか、通り魔に刺されたりとか、あるいは交通事故、火事による焼死……それか、隕石が降り注いで、人類諸共滅亡したり、とか。

それが俺の中にある終わり、だった。

しかし、こんな終わりは予想外だ。


「これが……」


終わりなのか?俺は足が竦んで動けなかった。

物質が分解されて粒子になって消え去っていく様を呆然と眺めていた。

なんだよ……最後の最後で、こんな呆気なく終わるのか?

嫌だ、俺は、死にたくない。

こんな終わり方は、絶対に嫌だ。

そう願った、けれど俺は何も果たす事無く、衝撃に飲み込まれた。

俺の体は衝撃に飲み込まれて崩壊されたと、そう思った。

けれど違った。延々と続く破壊の音から、次第に嵐が過ぎ去る様に音が消え去ると、俺は目を開けて体を起こす。


「……生きてる……?」


体を起こして俺は空を見上げた。

灰色の空には、微かな光が満ちていた。

しかし、太陽は存在しない、空は曇っているかの様に、延々と灰色の空が続いている。

周囲には、白色の砂で満ちていた。更に奥を見据えると、嘗て人類の文明であった建物の一部が転がっていた。


「……携帯電話」


家族は無事かどうか、連絡を入れようと思い立った。

けれど、俺は携帯電話を取り出そうとして止めた。


「………無理だろ」


この状況からして、家族が生きている筈が無い。

生死の比率は明らかに死の方が高いだろう。


「……そもそも、電話は繋がるのか?」


電波塔など何処にもない。ネットに繋がる様な設備すら崩壊している筈。

不明瞭ながら俺は懐から携帯電話を取り出した。

携帯電話は電源が切れていたから、電源ボタンを長押しすると同時、俺の指先に痺れが発生して思わず携帯電話を離しそうになる。

しかし、携帯電話は俺の手から離れる事無く、血を注射器で吸われる様な感覚に見舞われた。

痛い、熱い、気分が悪くなって視界が一転しそうになった時、其処で携帯電話が手から零れ落ちた。


『デバイスを起動します……このデバイスの所有者は折村オリムラ薪雄まきおとなります』


携帯電話がそう告げると同時に、携帯電話が形状を変えて、分厚い事典の様なカタチへと変貌する。

パラパラと事典は勝手に開いて、蝶の様に頁を羽搏かせると飛び立つ。


『こんにちは、折村様。私はデバイス。旧世界より脱却した新世界の住人として貴方を歓迎致します』


「なんだ、コイツ……」


俺は頭がおかしくなっていた。

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