間章 其の壱

第27話 閑話:その父母、親バカにつき


《セビーネ・フォン・アルチェマイド侯爵視点》



『だ、旦那様! よくぞご無事でお帰りに……! カレンも大事無かったですか!? 怪我はありませんか!?』


『大事無い、フローレンシア。心配を掛けたな』


『心強い助っ人のおかげですわ、お母様!』



 あの日。ゴブリンの射った毒矢を受けて一度は死を覚悟した私は、偶然巡り会った不思議な少女と二頭の獣によって、一命を取り留めた。


 異世界より訪れし黒髪黒眼の聖女、ルカ・トウジョウ殿。そしてその守護聖獣と守護霊獣である〝パンダ〟という世にも珍しき獣、ダディ殿とその娘であるルナ殿。

 ここではない異世界〝チキュウ〟より、〝真実の女神パン・ダルシア〟のお導きによってこの世界に降り立った彼女達は、奇跡の術により瀕死であった私の傷も毒も癒し、それどころか襲い来るモンスター達を打倒してくださった。


 この命尽きるともせめて娘だけでも――カレンディアだけでも助かって欲しいとそう願い、朦朧とした視界と意識の中で起こった、文字通りの〝奇跡〟。私はあの日あの時ほど、女神様に感謝の祈りを捧げたことは無かった。



其方そなた達には我がアルチェマイド侯爵家よりの後見を申し出たいと思う』



 我らアルチェマイド侯爵家は、ルビネフェル王国でも屈指の家柄を誇る高位貴族だ。王家の下に公爵家が四家在り、そして辺境伯家が三家。それと並び我ら六大侯爵家が名を連ねている。

 女王陛下よりこのアルチェマイド領を直々にたまわり、王都にこそ居を構えてはいないが、我が家門の権威も発言力も王国では上位に入る。


 恩人であるルカ殿達を他の貴族家の欲目から護るためにも、私は彼女達の後見を申し出た。

 彼女達が女神より下された使命である〝魔王討伐〟の一助となり、それをつつが無く全うできるよう支援が出来れば、それこそが我らが受けた大恩への返礼となろう。そう考えたのだ。


 しかし我が家にて逗留してもらいそう伝えた矢先のこと。今度は我が最愛の娘が……カレンディアがかどわかされたとのしらせがもたらされた。


 幸いにもその日の内に、またしてもルカ殿達のおかげで事なきを得、カレンディア……カレンも辱めを受けることなく保護された。


 一度ならず二度までも大恩を受け、直接ご恩をお返しするために私は、カレンを旅の供に加えていただいた。


 もちろんルカ殿達に話した通りに、カレン自身の成長と安全を願っていることも事実だ。だがそれよりもやはり、我が侯爵家の誇りに懸けても受けた恩に報いねば、それこそアルチェマイド家の名折れであるからな。

 自らも同行を切望した娘のカレンも、それは良く理解している。〝姉〟と慕うほど仲良くなったルカ殿の、良き友としても仲間としても、大いにご恩を返してくれるであろう。



「行ってしまいましたわね……」


「ああ。寂しくなるな」



 ダディ殿が牽引できるよう改良を施した馬車の背が、我が領都メリクフォレスの街から遠ざかっていく。

 アカデミーに入れることなく常に共に過ごしてきた愛娘が、今我ら父母の手から離れ、魔王討伐の旅路へと踏み出していった。


 我が妻フローレンシアが私の腕を抱き、地平に霞んでいく馬車をいつまでも見詰めている。その両の眼には私と同じように、寂しさの雫が溢れていた。


 手の中にある、我が家門の象徴である最高級の紅玉ルビーを握り締める。


 ルカ殿達のはからいでこのルビーは〝聖別〟されており、【宝石通信ジュエル・ネットワーク】によってルカ殿が持つ〝すまーとふぉん〟と通信ができるのだそうだ。

 我ら父母の心境までおもんぱかってもらい、本当に彼女達には頭が上がらない思いだ。



「ルカ殿やダディ殿ならば、きっとカレンを護り導いてくれるだろう。身体が冷えてもいかん。そろそろ屋敷へ戻ろう」


「はい、旦那様……」



 私とフローレンシアは馬車へと乗り込み、愛娘の居なくなった屋敷へと引き返していったのだった。





 ◇





「なんだとッ!!??」


「まあ、なんてこと……!」



 愛娘のカレンがルカ殿達と共に旅立ってより、六日が経ったその日の晩のこと。

 無事にダンジョン都市ドーマに到着した、と昼間にカレンから【宝石通信ジュエル・ネットワーク】で報告があったのだが、夕餉が済んだ頃に再び通信が入ったのだ。


 その内容とは。



《ヘウゼクソン子爵家の令息を名乗る輩が、権威をかさに懸けこの領地で傲慢な振る舞いをしておりましたの。ルカお姉様やわたくしを侮り無礼を働いたばかりか、手篭めにしようとしましたわ》


「許せん……! 私の宝であるカレンを、子爵家の息子ごときがだと……!?」


「恩人であるルカ嬢にまで……万死に値しますわね……!」



 ヘウゼクソン子爵家か……。確か王都に住む領地を持たぬ法衣貴族の家門だったはずだな。下級貴族院の議会に所属しており、当主のヘウゼクソン子爵は傲慢な振る舞いや、汚職の噂の絶えない人物だったと記憶している。

 子は親の鏡とはよく言うが、息子のミゲルとやらもどうやら父親とそっくりな不埒者らしいな。


 通信でつまびらかに報告を受け、ルビーから投影された、カレンとルカ殿の声と映像が消えた私の執務室は、夜半ということを差し引いても冷え冷えとしていた。


 私と、妻フローレンシアの怒りによって。



「早馬に抗議の文を持たせる。朝一に王都まで全速力で届けさせよう。最も馬の扱いに長けた者は誰だった?」


「ヘンリーが適任ですわ。彼は馬術大会で過去に優勝したこともありますから」


「よかろう。確かヘウゼクソン家は反王族……貴族派に所属していたな」


「構うことはございませんわ。子爵家程度が潰れたところで、貴族派の者共とて大事にはできません。どころか己達の不正の繋がりを隠すために、喜んで尻尾を切るでしょう」



 絶対に許さん! 必ず潰してくれるわヘウゼクソン家めが!!

 妻も顔こそ穏やかに笑みを保ってはいるが、内心は紅蓮の如く燃え盛っているな。愛する娘を愚弄されたのだから、それも当然だ!



「私は急ぎ文をしたためる。フローレンシア、其方は執事のグロックに指示を出し、資金を用意してくれ。換え馬の料金とヘンリーの遠乗り費用、それと特別に持たせる手当てもだ。最短で届けさせるためにも、金に糸目は付けさせるな」


「かしこまりましたわ、旦那様。ただちに用意しますわ」



 子爵家ごときの分際で我が領地で無法をし、あまつさえ我が愛娘と大恩あるルカ殿に不埒な振る舞いをしたのだ。取るに足らなかろうがその家門も屋敷も財産さえも、草の根の一本でさえも無事に済むと思うなよ……!! 一族揃って寒風にその身をさらすが良いわ!!





 ――――一方その頃、アルチェマイド侯爵家所有の騎士団の独身寮にて。



「おい聞いたぞヘンリー! お前とうとうあの酒場の看板娘を口説き落としたんだってなぁ!?」


「マジかよヘンリーてめぇ! この裏切り者!!」


「おいおい、耳が早いなお前ら……! やっかむんじゃねぇよ! 悔しかったらお前らも早く彼女作りゃいいだろうが!」


「クッソうらやましいッ!! 俺も彼女欲しいぃー!!」


「もうデートはしたのかよ!?」


「まだだって。ついこの間交際を了承してもらえたばっかだぞ? だけど、とうとう記念すべき初デートなんだぜ!」


「どんなだったか絶対聞かせろよ!?」


「はぁ……。これでまた一人、この独身寮から卒業者が出ちまいそうだなぁ〜。俺らが家庭を持てるのはいつになることやら……」


「悪いなお前ら。先に幸せになる俺を許せ……!」


「ヘンリーてめぇこの野郎!!」


「恋人が出来たからって調子乗ってんじゃねぇ!!」



 アルチェマイド侯爵家所属騎士、ヘンリー・アンダーソン。

 親バカ侯爵夫妻の命令によってことを……この時の彼は、まだ知らないのだった。




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