第7話 パンダと戦闘とパイプ椅子



「行くぞコラァアアッ!! ぱんだぁあああああッ!!!」



 ダディが雄叫びと共に魔物の群れに突っ込んでいく。


 先程〝御館おやかた様〟と呼ばれた男性を救うために突入した際に多少数は減らしていたが、依然として多数の魔物に囲まれていることには変わりはない。

 狼の魔物に騎乗したゴブリンライダーが、豚の頭部を持つオークが、鬼のような見た目のオーガが、未だに陣の中心で停まっている馬車を目指して兵士達と戦闘を繰り広げていた。



「吹っ飛べ! パンダックスボンバーッ!!」


(それただのアックスボンバーだから!! ていうかエゲツなっ!?)



 駆け抜けざまに豪腕を振り回すダディ。人間で言う上腕二頭筋と肘を頭部や身体に打ち込まれたゴブリンライダー達がまるで紙か何かのように吹き飛び、その首や身体をひしゃげさせて地面を転がっていく。



「なんという雄々しい戦いぶり……! 皆の者、あの獣は味方だ! 今こそ一気呵成に押し返すのだ!!」


「「「おおおおおおおおッッ!!」」」


(なんかコッチは感化されてやる気上がってるし!?)



 ダディの戦いを目にした御館様と呼ばれる男性が、周囲の騎士や兵士達を鼓舞し士気を上げる。それに呼応した配下達も雄叫びと共に剣を振るい、ダディと共に魔物達へと立ち向かっていく。



「ははっ、パンダお前ら? 急にやる気になったじゃねぇか!! そんじゃあ細けぇのは任せるぞ!!」


「はい、ダディ殿!!」


「お任せあれ!!」


(そんで一瞬で打ち解けるとかどんだけ脳筋なのよッ!?)



 肩を並べ魔物の包囲を押し返し始めるダディと兵士達。ダディは自身を的とするように派手に暴れ回り、オークとオーガ……大型の魔物に向かって突き進んでいく。

 そのダディに群がり、あるいはすり抜けて馬車へと突貫するゴブリンライダー達は、ダディに追随するように攻めに転じた兵士達によって補足され、日頃の訓練の程が伺える巧みな連携によって確実に数を減らしていく。



「っしゃオラァ!! 喰らえシャイニングパンダぁああッ!!」


「ブヒィイイイイイイッッ!!??」


(それ普通にシャイニングウィザードだよッ!? パンダ要素皆無だからぁッ!!)



 オークの眼前に迫り、その膝頭を踏み付け跳躍し身体を捻って飛び蹴りを見舞うダディ。頚部を襲った蹴撃は鈍い音を立て、オークに断末魔を上げさせる。



「まだまだァ!! パンドラゴンスープレェエエエックス!!」


「ゴガァアアアアアアッッ!!??」


(ドラゴンスープレックスもしくはフルネルソン・スープレックスぅううううっ!! パンダを絡める意味!! プリーズ意味!!!)



 棍棒を振りかぶるオーガの腕を逆に絡め取り、背後に素早く回り羽交い締めの形で腕関節をめる。そしてそのままパンダどころか人間でも不可能と思われるほどの見事なブリッジにより、後頭部から大地に叩きつけられるオーガ。

 興行ではお約束の手加減も、反発力のあるマット上でもない、ただ相手を蹂躙するためだけの暴力プロレスはまさに、破壊の権化とも言える威力であった。


 しかし――――



「ああっ!? ダディ、後ろぉ!!」


「なん――――ぐあッ!!??」



 頑張って胸中でツッコむに留めていた瑠夏であったが、この時ばかりは思わず声を張り上げた。オーガをパンドラゴンスープレックスで仕留めたダディが起き上がる瞬間を狙い、背後からもう一体残った別のオーガが棍棒を振り抜いたのだ。



「パンダコノヤロー!! 凶器攻撃とは卑怯な鬼っころが!! オスなら身体一つでかかってこいやぁ!!」


「ガァアアアアアッ!!」



 後頭部を襲った棍棒の一撃により、思わず膝を着くダディ。しかしその闘志はいささかも衰えてはおらず、素早く転がってオーガから距離を取ると睨み付け咆哮を上げる。

 オーガもそれに応えるように再び棍棒を振り上げ、ダディに向け突進した。



「ダディ!!」



 瑠夏はもはや躊躇ためらうこともせずに声を張り上げた。抱えていたルナを強く抱きしめ、不安と心配のない混ぜとなった視線をダディに送る。


 再び【聖獣格闘術パンダアーツ】――プロレスの構えを取ったダディは、真正面からオーガの振るう棍棒を受け止める。そしてその手首を捻ると棍棒を取り上げ、信じられない握力で圧し折った。



「心配すんな瑠夏! この程度じゃ俺はビクともしねぇよ! この鬼っころに本当の攻撃ってヤツをせてやる!!」


「ゴァアアアアアッ!!」



 武器を失い一瞬狼狽えたかに見えたオーガだったが、今度はその丸太のような腕を振りかぶり、ダディへと襲いかかる。それを迎え撃つダディは両前足を高く掲げ、オーガに向かい走りながら叫ぶ。



「【聖獣格闘術パンダアーツ】派生スキル! 出てこいやぁ!!」



 その前足にはルナが踊った時のように光が集まり、やがて一つのモノを形どった。

 それはアルミのフレームを折りたたまれ、座面と背もたれにいくばくかのクッションと合成皮革を貼られた、瑠夏にも馴染みのある――――



「【凶器召喚パンダウェポン】!!」


「ただのパイプ椅子だよねぇえええええええッッ!!??」


「グギャアァアアアアアアア!!??」



 座面は吹き飛び、アルミフレームがひしゃげるほどの威力で叩き込まれたパイプ椅子。それは的確にオーガの顔面を捉え、ダディの膂力も相まって一撃でオーガの首を折り、断末魔を上げさせた。


 戦場にオーガの悲鳴と瑠夏の絶叫ツッコミが響き渡る。



「いやなんで!? どうなってるのっていうか凶器攻撃は卑怯って言ってたのはどこ行ったのッ!!??」


「瑠夏……。良い大人のオスってやつは、清濁併せ呑むモンなんだぜ……!」


「納得行くかぁあああああッッ!!!」


「ぱんだぁ〜っ♡」



 三体居たオーガは皆倒れ、ゴブリンライダー達もオーク達も反撃に出た兵士達によって押し返され、その数を既に数匹にまで減らしていた。

 そしてオーガ達が司令塔だったのか、全て倒された途端に魔物達は及び腰となり、逃げ出す個体も出始めた。



「深追いはせずとも良い! 態勢を整え後日改めて討伐に出る!! この戦いは我らの勝利だ!!」


「「「おおおおおおおおおッッ!!!」」」



 戦いに勝利した喜びと生き残った安堵が勝鬨かちどきとなり、瑠夏にとっては初めてであった人間と魔物の戦いに、終止符が打たれたのであった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る