第5話 パンダと魔物と襲われる馬車



「あそこか!! 今行くぞ、待ってろ!!」


「ぱんだぁ〜〜っ♪♪」


「いやぁああああああああッッ!!??」



 森から抜けトットコ人里を目指して駆けていた瑠夏、ダディ、ルナの一行。

 スマホにインストールされていた【アーカイブ】で周辺地図を参照し、情報収集や物資調達のできそうなそれなりの規模の街を付近に見付けたため、そちらに向かって進んでいたのだが。



『助けを求めるメスの声が聴こえる……!』



 父親パンダことダディが突然そう呟き、ズンドコ疾走を始めたのである。娘パンダのルナは背の上ではしゃぎ、瑠夏は振り落とされまいとルナを抱え、必死にダディの背中の肉にしがみついていた。



「落ちちゃうぅうううううっ!? あたし握力はそんなに強くないんだってばぁああああッ!!?」


「あと三キロくらいだ! 頑張れ瑠夏!」


「三キロも先が見えるパンダっておかしいからぁああああッ!!!」


「ぱんだぁ〜〜っ♪♪♪」



 自動車並の速度で激走するダディのその背中に乗る瑠夏とルナだったが、当然風避けの窓やフレームなど存在しないためモロにその風圧が襲いかかってくる。



「無理無理無理ぃいいいいいッ!!! 走るから! あたし自分で走るのぉおおおおおおお!!!」


「こんな所に娘っ子独り置いて行くとかパンダその鬼畜野郎は!? 俺をそんなに児童遺棄罪で通報したいのか、そのスマホで!!」


「通報しないから! てか電波繋がってないし異世界に警察居ないからぁあああああッ!!」


「ぱんだぁ〜〜っ♪♪」



 憤慨するダディ。叫ぶ瑠夏。はしゃぐルナ。振り落とされないためにダディの背中に全身で掴まる瑠夏の姿は、親に掴まるコアラのそれにそっくりであった。



「いくら【韋駄天チキン・ランナー】があっても俺の全力疾走には追い付けない! だからもう少し耐えろ!!」


「いやぁああああああああッッ!! チキンでもダックでもいいから降ろしてぇええええええッッ!!」


「ぱんだぁ〜〜〜っ♡」



 そのような感じで大騒ぎしながらダディが疾走すること数分。何かに気付いたのか急にダディはそのペースを落とし、背中で息も絶え絶えとなっている瑠夏に声を掛けた。



「もう見えるだろ。どうやら馬車が魔物に襲われているみたいだ」


「はぁ、はぁ……! 死ぬかと思った……!! って、何アレ……!? モンスター!?」


「ゴブリンライダーが二十、オークが十、オーガが三匹か……」



 緩められた速度のおかげでようやく顔を上げた瑠夏の視線の先。そこには一台の馬車を取り囲み争っている集団が映る。

 馬車を中心にぐるりと方陣を布いて戦う騎士や兵士達と、それを執拗に攻める魔物の集団。その風景は、まさにファンタジーな異世界そのものであった。



「なん……で? なんであの人達逃げないの!?」


「馬車をく馬がやられちまってる。それに馬車の車輪の所を見てみろ」


「……人が倒れてる!?」


「負傷者を中心に退げて守ってるんだろう。あそこの娘が泣いてすがっているオスがボスっぽいな……」


「何呑気に解説してるのよ!? 胸に矢が刺さってるじゃない! 助けないと……!!」


「いいのか?」



 馬車のすぐ近く。地面に横たわった男にすがって泣き叫んでいる少女の姿が目に映った。それを見て思わず口を衝いて出た瑠夏の言葉。しかしそれに、ダディが首を巡らせて真っ直ぐに視線を投げ掛け問うてくる。


 その視線に射すくめられハッと思いとどまる瑠夏。自身の境遇に思いを馳せ、納得しきれていないこの異世界転移に対して歯を食いしばる。

 しかしそれでも瑠夏は顔を上げ、真っ直ぐにダディへと視線を投げ返す。



「『困っているメスは助けるモンだろう?』って、ダディそう言ったよね……!?」



 返されたその強い視線に、牙を剥くようにダディが不敵な笑みを浮かべた。そして――――



「それでこそ俺達の〝聖女相棒〟だ。いい子だな、瑠夏!!」


「うんっ!!」


「ぱんだぁ〜〜っ!!」



 やる気に満ちた瑠夏とルナを一瞥してから、ダディはその顔を未だ争っている集団に向ける。



「しっかり掴まってろ、瑠夏! ルナ!!」


「え、ちょっと待って!? まさかこのまま突っ込む気じゃ――――」


「ぱんだぁあああああああああああッッ!!!」


「――――いぃぃいいいいやぁああああああッッ!!??」



 咆哮を上げ、今まで以上に力強く大地を蹴るダディ。勢いよく打ち出された巨体はただ真っ直ぐに、最短距離で魔物や騎士達に囲まれた馬車を目指す。



「いいか、まずは怪我人を癒すぞ! 馬車に着いたらルナのスキルを使え!!」


「待って待って無理無理無理無理だからぁッ!?」


「無理じゃない! 元気があればパンダかんだ上手くいく!!」


「そんなプロレス界のレジェンドみたいなこと言われてもおおおおおおッ!!??」


「ぱんだぁああああああああッッ!!!」


「いやぁああああああああッッ!!??」



 ダディの咆哮と突進の地響き、そして瑠夏の絶叫は凄まじく、喧騒の中であろう戦闘中の集団にまでその声と音は届いた。

 騎士が、兵士が、そして魔物が何事かと顔を上げ振り返るが、ダディは一向に速度を緩めず、さらに気合いの込もった咆哮を上げる。



「パンダこらぁああああッ!! 道を開けろぉおおおおおおッ!!!」


「ぱんだぁ〜〜っ!!」


「いやぁあああああッッ!? ぶつ、ぶつかるぅううううううううッッ!!??」



 その勢いは凄まじく、けたたましい轟音を上げて包囲の外側でふんぞり返っていたオーガの一体を撥ね飛ばし、狼狽えたオークを蹴散らし動きを止めていたゴブリンライダーを踏み潰し、一気に集団の奥まで浸透した。



「な、何者だ貴様!? それ以上近付くな怪しい化け物め!!」



 魔物の包囲を突き破り、兵士達の真っ只中に突入したパダディであったが、当然騎士達にとっては見ず知らずの獣である。しかもその背に子パンダとJKを乗せているのだから、兵士達が思わず槍や剣を向け警戒するのも当然であった。しかしダディはそんな騎士達に向け一喝する。



「パンダコノヤロー!! 怪我人を診るのが先だろうが!! 瑠夏、ルナを連れて馬車の怪我人の所へ行け! ルナなら治せる!!」


「ホントに大丈夫でしょうねコレぇええええ!?」


「ぱんだぁ〜〜っ!」



 背中から飛び降りた瑠夏とルナ。もちろんそんな彼女達にも武器と怒声が向けられるが、間に割って入ったダディによって阻まれる。

 瑠夏はルナを抱えたまま馬車へと駆け寄り、胸の付近に矢を受けて倒れる中年に差し掛かった男性と、彼にすがり付き顔を青ざめ涙を流す少女の元へと到達した。



「通りすがりの聖女と聖獣ですぅ……! 助けに来ましたぁ……っ!」


「ぱんだぁ〜〜っ♪♪」



 ポカンと瑠夏を見上げる少女と、意識が薄れているのか、朦朧とした目を向ける倒れた男性。



「第一異世界人発見だな!!」


「ダ〇ツの旅じゃないからあッ!?」



 涙目でツッコミを入れる瑠夏であった。




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