第3話 パンダとJKと異世界転移



「い、異世界ぃぃいいいい!?」


「ああそうだ。俺達三匹はこの世界の女神に選ばれて転移した。女神〝パン・ダルシア〟にな」


「パンダ・ルシア?」


「パン・ダルシアだっ。人様の名前を間違えるんじゃないっ!」


「ぱんだぁ〜♪」



 ヒュージグリズリーとの激戦を終えた親パンダの迫力に逆らえず、促されるがままにその背に乗り森を進む瑠夏るか

 しかしパンダ父娘おやこを恐れていたのも束の間のこと。父親パンダの広くたくましくそして温かな背中と、自身の前に鎮座する娘パンダの無邪気な姿とその柔らかな毛並みに完全に安心感を得て、今ではすっかりと打ち解けて会話も弾んでいた。



「……って、なんでパンダさんがそんなこと知ってるの!? ていうかそもそもどうして人の言葉話せるの!?」


「今更かよ……」


「ぱんだぁ〜?」



 本当に今更である。しかしもっともな疑問でもある。ちょうど開けた水辺へと辿り着いたこともあり、父親パンダは瑠夏と娘パンダを降ろし岩へと座らせると、自身も草原の上にドカリと腰を下ろした。



「俺はあの時、狭っ苦しい柵の中で娘を愛でていた。そこに女神パン・ダルシアから呼び掛けられたんだ」


「あの時って……あたしが動物園で見物していた時?」


「そうだ。パン・ダルシアは周囲の時間を停め、俺にこう語り掛けてきた。『私の世界を救ってくれ』とな」


「……パンダに?」


「俺がパンダ以外に見えるってぇなら、一度眼科に行くことをお勧めする」


「…………」



 ある意味パンダが言葉を喋る以上の衝撃であった。

 しかし瑠夏はツッコみたい衝動を何とか捩じ伏せ、無言で話の続きに耳を傾ける。



「女神いわく、過去に討滅された〝魔神〟の落とし子が、〝魔王〟として覚醒したらしい。ソイツに世界を滅茶苦茶にされる前に討伐してほしいんだと。俺だって一匹のオスだからな、冒険ってモンに憧れていたから二つ返事でオーケーしちまったよ」


「……パンダなのに?」


「分かってねぇなぁ。こちとら生まれた時から施設暮らしの、〝かごの中のパンダ〟なんだ。故郷とされている国の土すら踏んだことも無ぇんだぞ? そんな俺の気持ちがお前に分かるか?」



 それを言うなら〝籠の中の鳥〟だ、というツッコミをなんとか喉元で飲み込み耐える瑠夏。父親パンダは尚も説明を続ける。



「それに色々とチートスキルも貰っちまったしな。そもそもオスたる者、困っているメスは助けるモンだろ?」


「……相手はパンダじゃなくて神様なのに?」


「神だろうが何だろうが、メスはメスだろう? 種族なんて些細なことに囚われてるようじゃオスが廃るってモンだ」


(なんで無駄に男前なの……! パンダなのに……っ!)



 そろそろ瑠夏に限界が訪れようとしていた。彼女は先程からずっと肩を震わせているのだ。

 ツッコミを入れたい衝動に必死に耐えているというのに、父親パンダは容赦なくパワーワードを連発してくるのだからたまったものではないだろう。



「……それで、どうしてあたしまで? それに娘さんも……」


「まず娘を連れてきたのは、俺が離れたくなかったからだ。ちゃんと嫁には許可を貰ってあるから安心しろ。『たくさん冒険させてやってくれ』だとよ」


(どんだけ娘可愛いのよッ!!?? だからって普通異世界まで連れてくる!? そして嫁! なんでそんな許可出したッ!?)



 こらえ過ぎてもはや痙攣するように身体を震わせる瑠夏。それも無理もないだろうが。



「そしてお前――瑠夏を連れてきたのは、相性が良かったからだ」


「相性……?」


「そうだ。とは言っても、時を停めている間に娘に選ばせたら瑠夏だったってだけなんだけどな」


「…………はい?」


「いやな? 女神が言うには、俺と娘だけじゃ他種族から誤解を招くってんで、人間から一人〝聖女〟か〝勇者〟を同行させろってことだったんだ。そこで娘に一緒に冒険するなら誰がいいって来場客から選ばせたら……瑠夏、お前が選ばれたんだ」



 混乱の極地である。しかしめげることなく、懸命に聞いた話を頭の中で整理する瑠夏。


 一つ、この世界を救うために父親パンダが選ばれた(なんでパンダ!? 普通あたしとか人間から選ぶんじゃないの!?)。


 二つ、娘パンダはパパについて来ただけ(いや危険な冒険の旅に愛娘巻き込むなよ!?)。


 三つ、自分は〝聖女〟として、強制的に選ばれ同行させられた(これが一番意味が分からないんだけどッ!?)。



「分からねぇって顔してるな? 考えてもみろ。俺はどこからどう見ても立派なエリートジャイアントパンダだよな?」


「エリートかどうかは知らないけど……まあ、うん。パンダだね」


「例えば俺が盗賊に襲われていた商人を助けたとする。商人は何て言うと思う? 『助けてくれてありがとう!』なんて言うと思うか?」


「まあ、普通は〝泣きっつらに蜂〟というか……〝泣きっ面にパンダ〟というか……」


「上手いこと言いやがる。そう、まさに〝泣きっ面にパンダ〟だ。普通は喰われる、襲われるって思うだろ?」



 そこまで言われてようやく瑠夏の理解が追い付いた。要は人間やその他、パンダを恐れるであろう他種族の者との架け橋になれということだった。



「俺について来い、瑠夏。お前のことは必ず俺がまもってやるからよ。〝守護聖獣〟になったことだしな」


「やだこのヒトイケメン……ってパンダじゃイケメンかどうか分かんないじゃん!? ……って、うん? シュゴセイジュウ?」


「ああ、分類上俺は瑠夏の……聖女の守護獣って扱いになるらしいからな。しかも〝異世界の聖獣〟ってチートな存在だ。ちなみに娘は〝守護霊獣〟になった」


「……はい?」



 またも意味の分からない言葉が登場し、首を傾げる瑠夏。どうやら〝ただのジャイアントパンダ〟ではないということらしいが……



「つまり、聖女のお供としてこの世界では認識されるってことだ。だが保護者は俺だからな? 俺のことは〝ダディ〟と呼べ」


「は? え、いやなんでダディ?」


「俺はお前の保護者だが、俺をパパと呼んでいいのは娘と嫁だけだからだ。俺にも娘にも一応動物園で付けられた名はあるが、あんな故郷とは名ばかりの国の流儀で付けられた名前は好かん。娘には何か気の利いた名を与えてくれ」


(え、ええぇぇ……)



 既に瑠夏の精神的な許容量キャパシティは破裂寸前にまで陥っていた。遠い目をし、表情はまさに虚無であった。しかし父親パンダ……ダディを怒らせるのも怖いと考えた瑠夏は、言われるがままに必死に頭を捻った。



「じゃあ……お父さんは〝ダディ〟で、娘さんは…………〝ルナ〟でいいかな……? なぜかあたしと姉妹みたいな扱いされてるし」


「ルナ……ルナか……。どうだ娘よ、気に入ったか?」



 恐る恐る提案した娘パンダの名前。それを反芻するように呟いた父親パンダ……ダディは、娘に優しく問い掛けた。問われた娘パンダはしばらくの間首を傾げていたが……



「ぱんだぁ〜〜っ♡♡♡」


「気に入ったみたいだな。それじゃあ瑠夏、これからよろしく頼む」


「は、はい……(これ、異世界転移ってヤツだよね? なんで? どうしてこうなったの!? あたしこれから、どうなっちゃうのぉ〜〜っ!?)」



 聖女瑠夏。そして守護聖獣父親パンダのダディと、守護霊獣娘パンダのルナ。


 なんとも奇妙な一人と二頭の異世界の冒険が、こうして幕を開けたのであった。




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