第7話 昔話

「もう夕方か」


 王都への復路を走って進むファイはいつの間にか空が朱く染まっている事に気付く。


「ファイもしばらく走りっぱなしですから、少し休憩しませんか?」


 ファイの後ろに掴まっているノルンはファイに休憩する提案をする。その提案にファイは「そうだな」と一言返す。すると足の動きをゆっくり減速させて止まる。

 ついに足が止まるとファイは地面に腰を落とす。ファイが腰を落とすとノルンは掴んでいたファイの背中から離れた。


「さすがに日が暮れて走るのは危険だな」

「そうですね。今日はここで野営した方がいいですね」


 ファイとノルンは夕日が沈もうとしている空を見て野営する事を決める。



 空が夜の帳に染まる頃、ファイは持っている保存食を口に運ぶ。

 周囲にある唯一の光源である月光が地面を淡く照らしている中、ファイは夜空を見上げながら口に運んだ保存食を咀嚼そしゃくする。


「月が綺麗きれいですね」


 ファイと同じく夜空を見上げるノルンは金色の瞳に月を映す。


「そうだな。周りに灯りがないから余計綺麗に見えるな」


 ノルンの言葉に返事を返すファイ。するとファイは続けて言葉をつむぐ。


「あの時もこんな夜だったな」

「あの時って、私達が施設から解放された時ですか?」

「あぁ」


 そう言うとファイとノルンは空に浮かぶ月を見ながら過去の事を思い返す。



 ファイが物心つく事はすでにとある施設しせつ収容しゅうようされていた。

 その施設では非合法ひごうほうの人体実験が当たり前に行われていた物騒ぶっそうな施設だった。


 そんな施設で行われていた実験、人の体に聖剣の力を宿す実験が行われていた。

 その実験によって実験体にされた者達の多くは実験途中で命を失くしていた。

 そんな実験で数少ない、聖剣に細胞単位で体が適応したファイは日夜続く人体実験の苦痛に耐えていた。


 そんなファイの唯一の憩いは同じ施設に収容されていたノルンと話す事だった。

 独房と言って差し支えない個室で収容されたファイは隣の部屋に収容されていたノルンと薄い壁越しに話すのがいつの間にか日課になっていた。

 何もない、あるとすれば人体実験による苦痛しかないこの環境で、ファイとノルンの話す話題など何もない。ただお互いの話す声を聴くだけのその時間が唯一の癒しの時間だった。


 そんな時間も長くは続かなかった。


 ノルンは実験の最終段階に移行した。その実験によってノルンは体を精霊に改造された。

 ノルンに施された実験——人為的に精霊を創造する実験によって元々人間だったノルンは精霊に替えられた。

 それと同じくしてファイは全身が聖剣化に順応した。そして聖剣の力をファイの体に移された。


 その日から二人は研究員の探求心を満たすために魔獣と命がけの戦いを繰り返させられた。

 そんな地獄のような日々を過ごしてほどなくして施設が突如炎に包まれた。

 施設にいた研究員は全員施設の火事に巻き込まれ、人体実験の被験者ひけんしゃも含めて火事に巻き込まれて死んだ。


 その火事の中、ファイの目の前にニコラスが現れた。

 ニコラスはファイが聖剣の力の鞘として成功した事で目的が叶ったと告げた。施設の火事もニコラスが起こした事だと告げる。

 そのニコラスの足元には精霊と化したノルンが転がっていた。ノルンを精霊に替えた張本人であるニコラスは最後にこんな事を告げた。


「もし私と再会した時、その時はファイの大事なノルンを精霊に替えた私を殺して下さい。そのためだけにファイの体を聖剣に替えたのですから」


 そのためだけ?

 人を体を平然と弄っておいて。

 人を道具のように扱っておいて。

 地獄のような苦痛を与えておいて。

 大事な人を無理やり精霊に替えておいて。


 そんな言葉が脳内を支配する。それと共にニコラスに対して憤怒ふんぬの感情が渦巻いた。

 そしてニコラスはファイとノルンの前から立ち去った。

 その日の夜。火事によって破壊されて施設からようやく脱出すると外には月光が綺麗な夜だった。


 施設の独房の壁越しに話していたファイは初めてノルンと対面して話をした時、ファイはこの時間を失いたくないと強く感じた。そしてノルンを苦しめたニコラスに対して強い憎悪ぞうおも覚えた。


 そしてちかった。

 次にニコラスと会った時はニコラスを殺す。復讐ふくしゅうを果たす。

 それが今日こんにちまでのファイの原動力になっていた。


「初めてファイの顔を直接見た時、予想通りの顔をしてました。目つきが悪い所は特に予想してた通りでした」

「目つきが悪いは余計だ」

「そんなファイでも私は気に入ってますよ。いじり甲斐があります」

「そう言うところは昔から変わってないな。そのくせ自分が弄られると文句を言う」

「そんなの当たり前じゃないですか。ファイにいじられると無性にムカつくんです」

「なんて横暴な。その発言は思ってても口にしないのが礼儀だぞ」


 ノルンは微笑を浮かべてファイに当時の感想を話す。その乾燥にファイは苦言を呈する。

 こんなやり取りが施設で壁越しにしていた会話と大して変わりなかった。

 どうでもいい他愛たわいない事をどうでもいい時に話す。

 そんな時間がファイは好きだった。

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