〜銃と蒸気と飛龍乗り〜 君達は帝国史上初の飛龍乗りに選ばれた!ベテラン下士官、没落貴族令嬢、万能科学者、田舎漁師、飛ぶ覚悟はあるか? 

阿 愛

序章 陛下の為に、国家の為に

第1話 飛龍隊の到着だ!

 首府へ続く街道に面したその最前線の塹壕陣地は地獄の釜の底のような惨状であった。


 原地民による宣教師の殺害から始まったフランコルム帝国南方大陸植民地の動乱はたちまちのうちに一帯を巻き込む大事となり、雲霞のごとく押し寄せる反乱軍は首府まで50キロに迫り、この陣地によってどうにか食い止められている。


 天然の窪地を土塁と丸太で囲み、200人の部隊が守っていたこの陣地を実に5000人の敵が包囲してもう5日になる。


 丘の向こうの首府に救援を求める伝書鳩を飛ばして3日になるが、首府にももはや余裕がないと見えて音沙汰はない。


 5日の戦闘の間に200人居たはずの守備隊は実に半分が戦死し、生き残りにも負傷者が多く、戦える状態にあるのはもはや50人程である。


「カネ中尉!シトロエン少尉が戦死いたしました!」


 上官の戦死に次ぐ戦死で3番目の守備隊長となったアルセーヌ・カネ中尉のもとに、どうにか歩ける負傷兵から不吉な伝令が届いた。


 これでこの守備隊に将校はカネ中尉だけとなった。そのカネ中尉とて丸太に開けた銃眼に自ら取り付き、何人居るのかもわからない反乱軍相手に終わりなき抵抗を続けている。こうなっては階級など名目上の記号に過ぎない。


 もはや陣地の陥落は時間の問題であった。緒戦で絶大なる効果を発揮した山砲や回転式機関銃は弾切れで鉄の置物となり、食料も医薬品も払底している。


 小銃の弾薬さえ不足し、死体や負傷兵から弾薬を剥ぎ取ってはじきに撃ち尽くし、また弾薬を求めて死傷者の懐中を漁る有様である。これとてそう長くはもつまい。


 陣地の周りは数十騎のラクダ騎兵が取り囲むようにして駆け回り、守備隊はこれを食い止めるのがやっとである。今夜になれば反乱軍は一斉に陣地に雪崩込んでくるに違いなかった。


「中尉、この際降伏した方が時間が稼げるのではないでしょうか?」


 今や副官となった古参下士官、ジョルジュ・オルセー曹長がカネ中尉に進言する。


「曹長、降伏などすれば我々は嬲り殺しにされるぞ!」


 怒りに燃える反乱軍に捕虜を取る気がないのは、この動乱の緒戦で捕まった友軍の運命からも明白であった。彼らはことごとくおぞましい拷問の末に殺されている。


 カネ中尉としては傷付き、疲れ切った部下を死なせるとしても、その前に死ぬより苦しい責め苦には晒したくなかった。


「生存者全員に通達!万一の際には捕虜になる前に自決するよう準備しておくように」


「中尉!」


「曹長、君も腹を決めろ」


 その時、カネ中尉の傍らで右脚を失って力なく丸太の壁に寄りかかっていた哀れな負傷兵が、頭上に照りつける太陽を指差してうわ言をつぶやき始めた。


「ああ、見える…太陽から死を運ぶ鳥が飛んでくる…」


 モルヒネも無しに足を切り取られて正気を失った負傷兵の言葉に、もはや耳を貸す者はない。遅かれ早かれ彼のようになる事を誰もが腹の底では分かっていた。


「曹長、彼をこれ以上苦しめられるか?降伏するのはそういうことだ」


 カネ中尉はそう言い残して再び銃眼を覗き込んだ。


「ああ、鳥が…鳥が…」


 説得を諦めたオルセー曹長は、せめてこの男を日陰に移してやろうと負傷兵に肩を貸して立ち上がらせ、ふと彼の指差す空を見上げた。


「あれは何だ?」


 オルセー曹長にも太陽の中に、3つの黒い影が見えた。それは風を切る音とともに少しずつ近づいてくるようだった。


 他の兵士達もそれに気付いて騒ぎ始めた。そうこうするうちにどんどん影は大きくなり、ついにそれは鳥ではないことがわかった。


「飛龍だ!」


 誰かが叫んだのと、先頭の飛龍が腹の下に抱えた黒い塊がその身体を離れたのはほぼ同時であった。


 垂直に近い角度で急降下してきた飛龍が落としたその塊は、反乱軍のほぼ中心に落ちると同時に轟音と炎を撒き散らしながら炸裂した。


「救援だ!」


「飛龍隊が来た!」


 陣地の兵士達は大歓声を上げた。フランコルム帝国が誇る近衛飛龍隊が孤立したこの陣地を救いに来たのだ。


 その間に両端の一回り小さい飛龍が散開しながら同様に爆弾を反乱軍にお見舞いし、陣地を囲んだラクダ騎兵の上を行くようにして上空を旋回し始めた。


 陣地上空の飛龍には2人が背中合わせに乗っていた。鞍の後ろには回転式機関銃が乗っていて、これが火を噴いた。陣地にとりついた反乱軍は次々となぎ倒され、陣地に何日かぶりの平穏が一瞬だが訪れた。


 その間にまだいくつかの爆弾を抱えた先頭の飛龍は再び高度を上げ、また急降下して爆弾を敵陣に落としていく。反乱軍は飛龍の奇襲でたちまちのうちに恐慌に陥った。


 2頭の飛龍が旋回しながら機関銃で陣地の周りを制圧するうち、もう1頭の飛龍が3人と大量の荷物を乗せて首府のあるはずの丘の向こうから現れ、混乱に乗じて陣地内の空き地に着陸した。


 飛龍を操っているのは濃紺のジャケットに赤い騎乗ズボン、近衛親衛隊の制服を着込んだ小柄な少尉である。


 ゴーグルを取って地面に降り立った少尉は肩まで伸ばして一本に束ねた栗色の髪をなびかせ、緑の瞳で守備隊の勇士達を一瞥し、呆気にとられながら出迎えたカネ中尉に敬礼した。


 その少尉は女であった。帝国に女性将校が居るのは誰もが知っているが、本物にお目にかかったのは守備隊の誰もが初めてだ。


「近衛飛龍隊のジャンヌ・シャルパンティエ・ド・レミ少尉です。守備隊に救援物資と司令部からの伝言を届けに参りました」


「守備隊長代理、アルセーヌ・カネ中尉だ。救援を感謝する」


「積荷は軍医2名と医薬品各種、砲弾15発、残りは弾薬です」


 後ろに乗っていた軍医2名はジャンヌより先に飛龍から降り、既に群がる負傷兵の治療にあたっている。


「日没前には外人部隊1個連隊が救援に来るので、守備隊は飛龍隊と協力してこの陣地を死守せよとのことです」


 たまらず兵士達は叫び、思うように動けない負傷兵までもが飛龍の横腹に下がった弾薬箱に群がった。日没までもちこたえれば助かるのだ。


「総員、その場でシャルパンティエ少尉に敬礼!」


 カネ中尉がそう声をかけてサーベルを抜くと、手すきで動ける者は全員その場に直立不動の姿勢をとった。負傷兵さえも傷の具合に応じて取ろうとした。


「捧げ、銃!」


 ある者は生の実感に目を血走らせ、またある者は感涙に咽びながらジャンヌに捧げ銃の敬礼をした。


 ジャンヌはこれに感動の面持ちで返礼し、上空を旋回する2頭の飛龍の乗員もそれを見てまた敬礼した。そして、兵士達は飛龍隊の救援に応えんと弾薬を手に散っていった。


「私もこれから反乱軍の制圧に向かいます。カネ中尉と守備隊にご武運のあらんことを!」


 ジャンヌはそう言い残して飛龍に飛び乗った。飛龍は羽ばたきながら駆け出したかと思うと、その巨体を浮き上がらせ、丸太塀を飛び越えて行った。


 その頃、爆弾を残らず落とした飛龍は、敵陣上空を飛びながら炎を吹いて敵に浴びせかけていた。ジャンヌの飛龍もこれに続いた。


 それから1時間ほどの内に伝言どおり精強な外人部隊が丘の向こうから姿を現し、反乱軍は潰走して荒野に消えた。

 

 フランコルム帝国近衛飛龍隊は、剣と魔法の時代の終焉した銃と蒸気の時代にあって他国に類を見ない、飛龍で飛ぶ特殊部隊である。


 これは近衛飛龍隊が創られ、成長していく様をつづった物語。

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