1-5 敗者への手向け
意識が落ちる。
体が動かない。
先ほどまであんなに痛んだはずの胸や腰や喉や腕が嘘みたいに静かだった。
吐き出した息がゴボッと音を立てて水泡を作る。
沈んでいく。
切り離された左腕が浮かず沈まずただ辺りの水を朱に染めながら揺蕩っているのが見えた。
不思議な気分だが、なんとなく感謝の念が浮かんだ。今まで俺の左手としてくっついていてくれてありがとう、死ぬときに一緒にいられなくてごめんな。感傷なのかどうかさえあやふやで判断のつかない思い。
本当は死んでも一緒だぞ、と言って右手か何かで掴みたかった。けれど、だけれども体は全く動かない。
息を吸い込もうとして盛大に水を吸い込んだ。ごっそりと水が肺に流れ込んだというのに、咽ることさえ出来ずただただ水底へと沈んでいく。
まだまだやりたいことも、やり残したことも沢山ある。
死にたくないとも思う。
しかし思ったところで身じろぎ一つ出来ないのでは仕方がない。
仲間を殺され、胸を砕かれ、腕を斬られて。
悔しさがあって、苦痛があって、無力感があって。
その果てに死ぬはずなのに……、なぜこんなに凪の海ように穏やかなのだろう?
“誰ぞ来なすったかと思えば、おやまあ随分と死に体だこと”
そんな声が聞こえた気がした。
今際の際の幻聴か何かだと思った。
だが――――、
“幻聴などではありゃあせんよ。ワタクシはれっきとして声で話しかけているもの”
どうも違うらしい。
しかし、声で話しかけていると言われてもいまいち信じがたい。
“一体なぜ? 汝の意識を読んでいるからかえ?”
いや、そもそももう死ぬのに信じるも疑うもないか……。
“ほほぅ、ずいぶん潔いの”
もう何もならない。誰も来ない。供養されることもない。ただ朽ちていくだけ。
ある意味ではここで死ねるということが幸運だったのかもしれない。そう思っただけだよ。
“こんな何もないところで死ぬのが幸運とな? ずいぶんと奇特”
俺が今このタイミングでここで死ぬことで、多分少しだけ多くの人が生き残る可能性が生まれたはずだから……。
死にたいわけじゃないけれど、死に場所がここならば、多分意味のある死にはなるだろうから……。
“無意味に死ぬのが怖く、意味のある死ならば受け入れられる、と?”
極論で言えばそうなるかな。
“良い。汝のような薄弱さは嫌いではないぞ”
……、どういたしましてでいいのだろうか?
“もっと喜べ。ワタクシが気に入ったから汝を生かしてやると言っているのだ”
……、いわゆる不死者の化け物にされるというのならば、流石にそれは断りたいのだけれど。
“疑り深い奴よの。キチンと人として生き返してやるのよ。ついでに少々のおまけも乗せといてやろうぞ”
バチンッと赤い奔流が、言葉もろともすべてを浚い押し流した。
“なあに、心配することもない。目覚めれば全て分かるさ”
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