第40話 地下におわす女児

 国会議事堂。

 その地下にある、長い廊下に囲まれたように見える部屋への入り口。

 前世でのダンジョンボス部屋前を彷彿とさせる、そんな両開きのスライドドア。

 気がつくとと、意識は詩音からシオンへと変わっていて、この中への脅威を自分が感じているのだ、と、俺は密かに気を引き締めた。


 「いややわぁ。そんなに緊張せんでもええよ。なんも怖いことあらしませんえ。」

 梅子ばあちゃんが、おかしそうに笑う。

 と、同時に・・・


 ザザザーーー


 どういう仕組みが目の前のドアが、両側へとゆっくり開き始めた。


 固唾を飲んでそれを見守る。


 目の前にまず現れたもの。

 屏風、だろうか。

 黒い漆に、朱や金で描かれた木や花、鳥に蝶。

 高そうだなぁ、と詩音の感性で思う。

 魔除けの香か?とシオンは感じる。


 おそらくはだだっ広い部屋。

 天井は正方形に枠を張り巡らせた、板張り。


 扉から3歩ほどのところに、件の屏風が置かれ、視界を遮っている。


 梅子ばあちゃんがそれを右手に避けるように進んだから、俺は、慌ててその背を追った。




 広い部屋、だった。


 縁のない畳がその部屋の4分の3に敷かれ、さらに左手奥の3分の1が30センチほど高くなっている。

 その中央に1畳分の畳。この畳には通常よりも幅の広い縁が施されていて、四隅にはタッセルのようなものが垂れていた。

 さらにその中央。

 見るからにフカフカの座布団にチョコンと座る・・・・女児。

 そう女児。

 そうとしか表現のしようがない。


 テニスボールより少し小さめの2つのボールを頭上に乗せたような髪型で、さらには残りの毛が長く垂れ下がっている。それは座布団を超え、一畳の畳を超えて、さらに下に流れていた。

 服は、まるで仏画にある天女だ。外側は薄い生地で中が透けていて、その下には絹だろうか、光沢のある着物が見える。

 全体にピンクっぽいその着物の上の顔は、なんというか、かわいいというにはあどけなさがないように思う。

 整ってはいるのだろう。

 優しげではある。

 が、なんだろう・・・・

 違和感、としか言い様がない。

 見た目は、小学校に上がるかどうか。

 しかし、老成している、何かがそう訴えてくる。

 そして・・・・


 シオンの戦士としての勘、と言おうか。

 頭の片隅で鳴り続けるのは、警鐘、か・・・


 一目でそんな風に観察して、いつの間にか自分の足が止まっていたことにさえ、気付いていなかった。



 「くるしゅうない、近う。」


 鈴が転がる、というのはこのような声か。

 足を止めていたシオンに、そう呼びかけたのは、間違いなく、その女児。


 「さぁ、こちらへ。」


 !


 いつの間に?!


 シオンだって、それなりに周りに気を払っていたはず。

 が、今まで女児がこの空間にいる、ということは気付いていたが、今、声をかけてきた、渋い中年男性に一切気付いていなかった。否。さらにはその横に立つ女についても・・・


 気がつくと、女児の右後ろに男が、左後ろに女がそれぞれ立っていた。

 ふたりとも、きちっとした背広姿。

 立っているだけども分かる。間違いなく手練れ。


 そんな3人の元へと、梅子ばあちゃんは自然体で進む。

 俺は、慌てて、その後を追った。



 うずめ。

 その女児はそう名乗った。

 「天鈿女命あめのうずめのみこと、聞いたこと、おへんか?」

 梅子ばあちゃんが言う。

 「天鈿女命?」

 「へぇ。天照大神のお話で天岩戸は知りまへん?」

 「ああ。聞いたことは・・・」

 「あれはまぁ伝説やな。本当はちょっと違うけどな、ハハハ。」


 うわっ。びっくりした。


 いつからだったか、すっかり頭から抜け落ちていたタツ。

 急にうずめの横にあぐらを掻いて座っていた。しかも酒と肴をたしなみつつ・・・


 「シオン、そんなにびびらんでええ。こいつはこんなんやけど、まぁ、シオンに危害を加えるつもりはない。そもそもあんたの方が何倍も強いわ。うしろのふたりが何しても、シオンにはかなわんで。」

 ピキッと、背広のふたりが一瞬硬直したが、すぐに能面のように感情を消した。

 その様子を見て、ころころっとでも擬音を言いたくなるような感じで、うずめが笑う。


 「そんなに、ですか?」

 「そんなに、や。」

 うずめの問いに、にやっと笑ってタツが答える。


 あー、タツの知り合いってことは、そのまんま人外認定、で、いいのかな?でもこんな場所で化け物を飼ってるってのか?


 「アハハ、シオン、今、むっちゃ怖いこと考えたやろ?」

 「・・・いや、別に。」

 「ええねんええねん。シオンはそのわかりやすいんが、取り柄や。ほんま素直でええ。どっかのロリばばあとは大違いや。ハハハ。」

 「・・・龍神様?」

 あ、こんなおすましの女児でも睨むんだ、と、ヘンな感想を心で思いつつ、ふたりを眺める。


 「コホン。改めまして。私、皆からうずめ、と呼ばれる者でございます。先ほど話題にありました天岩戸と呼ばれる神話。我が姉たる天照大神が弟の素行に怒り、隠れた岩戸より、わが祈りと踊りにてお連れ申した、そのうずめでございます。」

 おほほ、と聞こえるような様子でにっこりするうずめ。

 「まぁ、実際は、この世界に侵攻をかけた異次元の人間の権力争いってやつや。弟がこっち側についてなぁ、責任者の姉がここを放棄しようとしたんやが、部下がこっちに引き戻したっちゅう話や。結局、次元の侵攻は納まって、一部がこっちの次元にも残った。で、責任取ったのが中間管理職なうずめ。今でもこの次元の世話やいてる、ちゅうこっちゃ。」


 ・・・・

 分かるような分からないような。


 「この世界の神の一柱。龍神と似たような存在、そう理解していただければ、と。私はこの日本に神話の時代より居を定め、人々を守り導いております。そもそもが、身内がこの世界の人と子をなし、それを王として発展したこの国。その責任を持って、この国の中枢に座している、という次第。」


 なんて言うのか、頭が働かない。だからなんだ、とも思う。

 単なるJKな私にそれを言われて、どう反応しろというのだろう。


 「吉澤詩音様。あなたは前世でシオン・グローリー。別の世界で生を終えた戦士、間違いありませんね。そう、女神アレクシーの恩寵を得て、この世界へとやってきた救世主様、そうですね?」


 ・・・・


 「ちがう・・・」

 「?」

 「ちがう。違います!俺、いいえ、私は違う。救世主じゃない!」

 救世主?

 勇者と同じだろ?

 また、俺を戦いの道具にするのか?

 この世界、平和に暮らす、そのために転生させてくれたんじゃないのか?

 また、この俺を戦いへと誘うつもりなら、アレクシー様、恨むぞ!


 「きゃっ。」


 思わず、魔力が膨れてしまったのだろう、その圧で転がりそうになったうずめを後ろの男が抱える。梅子ばあちゃんを支えているのは、鼻の頭を掻いているタツ、だ。

 そして、背広の女の方が、俺に対して銃口を向けていた。


 「やめなさい、玲!」

 玲、というのが女の名か。

 うずめが、短く命じた。

 「でも・・・」と反論しかけるも、うずめの目を見て、静かに下ろす。が、男も女も、俺に対して警戒マックス。と言っても、こっちだって、簡単にやられる気はない。


 「あーーー。まぁ、シオンはん、落ち着いてぇな。警護のあんさんらも、物騒なことしたらあかん。あんなぁ、まずな、シオン。このうずめ、ちゅうのは、たいした戦闘力はあらへん。せやけどな、異界の神とすら交信できる、そんな能力者や。」

 ・・・・

 「でな、うずめ。あんまりええかげんなこと言いな。正確に、よその世界の女神はんになんて言われたか、ちゃんと言い。」

 「も、申し訳ありませんでした。アレクシー様は、シオン様をこの世界で癒やすために送る、とおっしゃいました。素晴らしい戦士だったが、裏切りに合い殺された、自分の力が至らなかったからだ、その詫びを込めて、癒やしを与えたい、そうやってこの世界のこの国を選ばれた、そう聞いております。」

 ああ、女神よ。疑って済まない。あんたは俺の望みを叶えてくれようとしたんだな。


 「ですが、さらに後日、改めてシオン様のことでお話しがあったのです。」


 俺は、驚愕の事実を聞くことになる・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る