第36話 ナマズ、激闘

 随分小さくなったが、グッと存在感を増したナマズもどき。

 タツは単なる力が凝ったもの、なんて言ってたけど、本当にこれに意志がないって?どう考えても、俺に向けて殺気をビンビン飛ばしてるよなぁ。


 「なぁ、タツ?この空間、大丈夫か?」

 なんだか、ナマズから溢れる殺気が空間そのものを揺らしている気がするんだけど・・・


 「いい質問や。このままじっとしとってくれたら3日は持たす自信がある。」

 「さっきみたいな、力のぶつかり合いとかは?」

 「・・・良くて2回。根性で持たせたるわ。」

 ハハハ、頭の三分の一を削っただけだったから、まだ同じように効くとしても、2回で削れるの、頭のところ、だけだよなぁ。

 この殺気みたいなものも、これ以上放置したら、空間そのものもまずいし、何より、普通の人間である中川さんたちが危険だと思う。いや、よく持ってる方っていうべきか。今は、タツが2人を保護しているみたいだけど、こっちとあっち、両方で、タツだって、やつがいうほど持ちはしない。

 だったら・・・


 「短期決戦、といきますか。」


 俺は、剣に魔力をさらに込めた。



 ブルリ


 ナマズが身じろぎをする。

 ハハ、剣の聖属性魔力に反応したのか?

 外に行くほど、火属性よりも聖属性の割合を多くする。最外は、ほぼほぼ聖属性。

俺のできる治癒はそれほど優れてはいない。とはいえ、他者に行使できる程度には力を持っている。

 多くの治癒魔法が使える、という範疇は、基本自分に対してだ。現世風に言うなら自然治癒力を大幅にアップさせる業、というところか。

 これが最上位、聖女様とまでいけば、怪我がなかった前の段階に戻すことができる。現世の感覚を借りれば、DNAが覚えている完全体の情報を瞬時に再現する、といったところか。もっとも、前世でDNAという概念はなかったから、元の怪我をする以前の肉体に巻き戻す、という認識だったけれど。


 俺ができるのは、その中間、といったところか。

 怪我をしたらその口を焼き付ける形で固定する。これなら、他者に対してもできる。血止めと麻酔、と考えれば近いか。

 前世では、聖女様がそばにいたから、ほとんど使うことはなかったけど、ソロや聖女がいないシーンでは、とりあえず、火と聖の魔法を行使して、応急処置をして、戦闘が終われば、ゆっくりと治癒魔法で自然治癒力を上げていく、という使い方をとっていた。一応、他者へ対しても自然治癒力を上げさせるだけの力は持っていたし。




 そして、今。


 この剣は、瞬時で止血できるだけの力、よりも尚、強力な魔力を纏わせる。

 強いアンデッドに対するベタな手段。

 この炎と聖属性の魔力で、滅するんだ。


 俺は高めた魔力を手に、地面を蹴った。



 バシュ、バシュッ、バシュシュ・・・


 濃厚な力の塊を何度となく斬りつける。


 そのたびに、押し戻すような感触があるが、それをさらにねじ込む。

 まるで強力なゴムの塊に、刃引きをした剣で斬りつるようだ。

 この弾力が、力の性質か?


 無論、この斬戟で多少は削れてはいるけれど・・・


 ねっとりとした黒い塊は、剣を誘うように沈み込み、斬りつけた俺の体を囲ってくる。自分の身長よりも高く黒い壁がそそり立ち、それが上から包み込もうと襲い来る。

 振り下ろした手を、体ごと真上にひねり、さらに上空に迫り来る黒い壁を斬りつけた。と、同時に左手を柄から外し、風の塊を先ほど斬りつけた下の方へと打ち出した。

 風の力は、大きく塊を凹ませ、その反動で俺の体を宙へと押し出す。

 黒い壁から、辛くも上空へと脱出した俺は、さらに上から、炎の刃を振るう。


 自然落下した、俺の体が黒い塊に触れる。

 触れた瞬間は、ぷるんと弾くよう。

 が、意志を持つその塊は、瞬時にそのゴムのような体を気体に変え、俺の体を体内に取り込もうと、揺らめいた。


 「ヤァー!」

 気合いもろとも、体をひねりつつ、俺は剣を下へと突き刺す。

 と、同時にありったけの力を剣へと通した。


 キーーーーーー!


 音にならない、悲鳴が聞こえた、気がした。


 無我夢中で力を放出する。

 負けじと、俺の体を包み込もうとするねっとりとした黒い気体。

 俺の炎と、黒い障気のような力が互いに喰い合い、一進一退の攻防を始めた。


 まだか・・・・


 俺は、剣を足下に突き立てるような姿のままで、ただひたすらに力を放出する。

 外からは赤い玉に覆われているように見えているだろうか。

 一方、さらに外側から黒い塊が赤を飲み込もうとグイグイと締め付ける。

 もうナマズ、とは見えないだろうその塊は、赤い球を覆う黒い球となって、うごめいていることだろう。


 俺をしめつける気配に、必死であらがう。

 少しでも気を抜けば、あっというまにぺちゃんこだと、頭の中でアラートがけたたましい。

 もう自分が息をしているのか、起きてるのか、そんなことも分からない。

 命をかけた押し競饅頭おしくらまんじゅう


 時間の感覚も、彼我の感覚も、とうに消えている。


 どのくらいそうしていただろうか。


 フッ


 と、


 急にこちらを押す力がなくなり、つんのめるように前へと数歩よろける。


 おっとっと・・・


 あれ?


 ハハハ・・・


 なんだかフワフワだ。


 私、なんだか雲の上にいるみたい。


 今までなにしてたっけ。


 あれれ、なんだか力が入らない。


 声、が、聞こえる?


 うーん、よくわからないや。


 あのね、詩音ね、今、とっても眠たいの。

 今はなんにも考えずに・・・・

 ッフフフ・・・

 おやすみ・・・・・・・

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