第21話 開発計画阻止計画(5)

 ガコン、ギーッ。

 重厚な扉が中から開いた。


 大きな屋敷の塀は、セキュリティがあると言っても、上空まであるわけではなく、シオンのステータスでなら、軽く飛び越えられる高さ。

 これって、住居侵入だよね、と思いつつ、前庭でさえ家が建つほどの広さの、その庭を普通に飛び石を踏みつつ、玄関へ。

 玄関は当然二重ロックだし、チェーンロックというのか、横にしたU字型の金具のロックだってついている、というのはタツの情報。

 今までにも何度か脅し諸々のため忍び込んだから、勝手知ったる、という奴らしい。


 「ちょっと、待っとり。」

 そう言うと、タツは、昔のテレビで見るような、ホログラフィよろしく、陽炎のように輪郭が不安定になって、そのまま、扉をすり抜けてしまった。

 なんでも、もともと肉体の方が作ったものなので、物質化を解いて霊体になれば、物理の影響はほぼ受けない、のだそうだ。よく分からないが、どうやら幽霊の親戚みたいなもんだと思えば良いらしい。


 で、

 ガコン、ギーッ。

 チェーンロックと、2つの鍵が開く音がしたと思ったら、重厚な扉が中から開いた、ということだ。


 普通に中からドアを開けたタツに、小さく、「おじゃましまぁす。」と、言いながら中に入る。

 えっと、靴は?

 さすがに土足で侵入はないよね、と、思い、ちょっと悩む。

 「なんや、脱いでアイテムボックスとかに入れたらええんちゃうんかい。」

 と、タツ。

 いやいや、ラノベじゃあるまいし、そんな便利機能はない。そう言うと、

 「しゃあないな、それ貸して。」

 と、タツが手を差し出した。

 慌てて、靴を脱いで差し出すと、え?まさかのアイテムボックス?

 「ちゃうちゃう。ちょっと儂の次元に放り込んだだけや。後で出したるさかい忘れんといてな。」

 ・・・

 そういうのがアイテムボックス、とか無限収納というのではないだろうか、と、思うけど、まぁ、こっちの世界のことは、詩音の一般人的知識しかないから定かではないが、これが普通ではないだろうというのは分かる。でも神様ならありかな、という風に納得しておこう。


 私は、とりあえずそういうものだ、と、納得しつつ、タツに先導されて2階へと移動する。

 「住んでんのは、我妻康彦1人だけや。一応妻子はおるんやけどな、そっちは東京で生活してるらしいわ。あ、ここやここ。ここが奴の寝室。うん、よう寝てるな。」

 2階のとある部屋の前まで来たタツが、指を差して言った。

 確かに、ドアの外からも、豪快ないびきが聞こえてきて、一人暮らし、というなら、それが社長=我妻本人なんだろう。


 「隠行はできるか?」

 何、それ?

 「中に入って見つからんようにできるか?って聞いてんねん。」

 「気配を消して隠れるぐらいなら出来るけど、姿そのものを消すのは無理。」

 「うん、それでええわ。中に入らんと魔法をビシバシ打つ、ちゅうのはできへんやんなぁ?」

 「この距離ならどうってことはないけど、細かい動作とかは見ないと無理だな。ていうか、何をやらせるつもりだ?」

 いつの間にか、シオン、の感覚に戻っているようだ。

 ドアを挟んでいても、気配でどこにいるか完全に分かるから、見なくてもある程度魔法を扱えるだろうな、という自信はある。が、危害を加えないようになら、より繊細な操作がいるから、視認できる方がベターだ。


 「とりあえず、入ろか。」

 タツが無造作にドアを開ける。

 ちょっと、と、制止しつつも、俺も続いて入った。


 そこは寝室、というよりも、寝室兼用の私室といった感じで、壁には、本棚とその前に執務デスク。そして中央にはゴージャスな一人掛けソファ、オットマン付があり、サイドテーブルがある。サイドテーブル上には寝る前に飲んでいたのだろうか、ウィスキーと氷入れ、グラスが1つ。氷が溶けたためか、うっすらと琥珀色の液体が残っていた。


 それ以外には、ベッド。ベッドの頭の上にはでっかいクローゼット。

 別の壁際には、小さな映画館のスクリーンとはるぐらいのでっかいテレビ。


 「耳元でささやいたり、霊体を見せたりは動揺もせんかった。火の玉と狐火を出してもあかん。むっちゃ、ずぶといねん。」

 「それって、信じてない、って言うわけじゃないよな。実際に見て驚いてなかったってこと?」

 「そうやねん。そんなん怖ないわ、って感じやった。そうやな。今、シオンに言われて初めて気付いたわ。普通やったら、なんやこれ!て怖がるけど、なんやコレはなかったな。」

 「それって、霊現象とかオカルト的なことは普通に受け入れてたってことか?」

 「よう考えたら、そんな感じやわ。」


 そういうのに耐性がある人か?

 いや、そもそも幽霊なんて見たことある人も早々いないだろうし、霊現象だ、オカルトだ、なんて、眉唾物だろう。正直、前世の記憶があって、魔法、という知識がある自分にしたって、この世界に来て幽霊だとか、お化け、なんて見たのは、タツが現れてから、だ。いや、まだ幽霊は見たことないか。

 だから、もし今ここに幽霊が現れたら、びっくりすると思う。

 詩音として、ただ震えるか、シオンとして攻撃なりなんなりするか、は、その場になってみないと分からないけど、幽霊なんて見たら、そりゃ驚く自信がある。

 もし驚かないとすれば、・・・・そういうのがいるのを知っていて、怖くない、とか?


 「なぁ、本当にやるのか?本人、霊に耐性とかあって、何があっても怖がらないかもしれないぞ。」

 「いや、それはないな。今までは、実際に身の危険を感じることはなかったんや。耳元でささやかれたり、熱くない火を見せられたり。まぁ、ようある霊現象やろ?せやけど、シオンの場合はちょっと毛色が違う。ほんまに命の危機がありうるやっちゃ。そらびびるで。」

 「いやいやいや。命の危機とか、そんなこと・・・」

 「まぁ、聞いたって。あんな、人間かって動物や。本能的にほんまに危険なもん、ちゅうんは分かる。シオンの力が、やりようによってはヤバイやつや、ちゅうんは、

心の奥の奥で感じるはずや。でな、そんな心の奥底、根源でビビらせたい、それが今度の作戦に重要なんや。」

 「使うのは、安全なもので良いんだよな。」

 「レベルは安全で。せやけど、その魔法を強めたら危ないぞ、っちゅうんで頼んまっさ。」

 「はぁ。で、どういうのがいい?」

 「そやな。まずは起こさな始まれへんやろ?ふとんをめくり取って、目、さめたところで、あの辺の食器とか飛び回らせて割ったりとかできへん?」

 タツは、ソファの向こうにあるサイドチェストを指さした。

 高級そうなグラスや酒が並べられているけど、これを割ったら犯罪、だよね?

 器物損壊罪。

 まずくない?


 「あんな、知ってるか?日本の刑法ではな、呪いで殺しても罪にはなれへんねんで。丑三つ参りして殺しても、そんなんありえへんから、っていう理由で、無罪放免や。ええか。魔法、とかも同じや。そんなんありえへん。魔法で飛ばして割ったかって、そんなありえへんことは起こってへんのとおんなじ、ちゅうこっちゃ。」

 自信満々に言ってるけど、ものすっごくうさん臭い理屈に思える。

 「な、せやから、絶対に魔法だけで対処してや。土蜘蛛らのために、ほんま、気張ってぇな。」

 はぁ。

 確かに、やっとたどり着いた安息の場を守ってやりたい、という気持ちは大きい。

 ため息をつきつつも、俺はタツに頷いた。


 「あ、ほんでな、きっとなんやコレ、思うと思うねん。実際に物が動く、なんてのは、無茶苦茶レアやからな。そこで、ほんまもんの火や。触ったらやけどぐらいしても、そのぐらいやったら、儂でなんとかなる。そやけど、できたらやけどはささんと、側に近づけて、熱い、ってのを感じさせてくれたらええ。ほんだら、儂が脅かすよって、後は、んー流れ?やな。ハハ。」

 いや、ハハじゃないわ。

 なんつー、いい加減な・・・


 そうは思いつつ、楽しそうなタツの顔を見ると、やはりため息しか出ない。

 けど、この世界の神の一角だというタツの願い。

 私も平和に安全に住まわせてもらうためには、この世界の神様にも恩を売った方がいいのかもね、なんてアレクシオンの女神アレクシーのことを思い浮かべた。

 彼女の願いと比べて、なんて軽いことか。

 世界を救え、魔王を討て、なんていう無茶降りとは違う、手の届く願い。

 叶えて上げようじゃないの。


 私は・・・俺は、その手に小さな風を纏わせた。

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