第2話 10歳、記憶が戻った日

 俺がシオン・グローリーという人生を終えたときのこと。


 俺は、俺たちは断頭台に頭を突っ込まれていた。

 ほんの数日前、俺たちに歓声を浴びせかけた者達は、今では罵声を浴びせかけてくる。

 なんだかなぁ・・・

 跪いて、冷たい断頭台に頭を入れられた俺は、そんな風に思った。

 本当になんだかなぁ。

 俺、頑張ったんだけどなぁ。

 ずっとあくせく戦ってきて、なんだったんだろうなぁ。

 横に同じように跪いている元仲間。

 淡い恋心を抱いたリーゴ。いつも忙しい彼女の口も閉じられている。

 いつまでもちっこいままのマリーブ。サラッと大魔法を連発してたけど、本当はものすごく努力してたよな。そんないつも書物を追っていた瞳は固く閉じられている。

 二人とも泣きもせずわめきもせず、文句一つ言うでもなく、しずかにを待っている。


 俺だって同じだ。

 わめく気にもなれないし、文句すら出てこない。

 ただただ空しくて。

 ばかばかしくて。

 あぁ、もっと穏やかに、ホワホワと暮らしたかったなぁ。


 シャー!!


 金属と金属が擦れる不快な音。


 一瞬、首に熱いものを感じた気がした。


 けど、そこまで。


 痛みを感じる間もなく、cut out・・・・



******************************


 次に気がついた時、俺は真っ白な空間に漂っていた。

 空間全体が白く輝いているように思えた。

 (あれ?俺死んだんじゃ)

 なんで意識があるんだろう?

 不思議な気持ちで、周りを見回す。


 ふと、その白い空間に何かがいるような気がした。

 いるような気がしたと思った瞬間、それは形をもって、人の姿になった。

 自分よりは少し上だけど、震えるほどに美しい。

 ゆったりとした白いローブ姿。ロングなストレートヘアー。

 珍しいな、ストレートヘアーなんて。まるで女神様じゃないか。

 俺は教会で祈る女神の像を思い浮かべる。

 なんか、似てるよな。

 ま、こっちの方が幾分きれいだけど。

 『それは、ありがとう。』

 へ?

 直接、頭に語りかけた?

 念話か?

 リーゴが得意だったなぁ。でもサーミヤ王女も実は得意だと思う、そうナオルが言ってたっけ?本人は否定も肯定もしなかったけど・・・

 仲間を思い出し、少し悲しい気持ちになる。

 サーミヤにベリオ。彼らは初めから俺たちを切り捨てる予定だったんだろうか?


 『ごめんなさい。』

 え?

 『ごめんなさい。こんな死に方をさせちゃって。』

 あの・・・どういう?

 『私はアレクシー。あなたがたのアレクシオンを守護するものです。』

 『え?女神アレクシー?へぇ、どおりで・・・』

 俺は教会の女神像、そう女神アレクシーを思い浮かべた。どおりで似ているはずだ。姫巫女はこの姿を見ているんだろうな。

 そんなどうでもいいことが頭に浮かぶ。

 『汝、シオン・グローリー。あなたには本当にすまないことをしました。私があなたに魔王討伐を頼んだばかりに、ひどい最期を迎えさせてしまいました。』

 「いや、別に女神様の責任では・・・」

 『いえ、私の責任です。まさか私が愛しんで加護を与えたかの国が、テレシアン国がこのような暴挙に打って出るなど・・・』

 「いや、そうなんですけどね。まぁ、怖かったんだと思いますよ。なんせ誰も手出しが出来なかった魔王軍を打ち破り、魔王その人まで殺した化け物だ。いつ自分たちにその力を向けるか、なんて思ったらゆっくり寝られないんでしょう。」

 これは本心だった。

 別に俺が殺されても許す、なんて寛大な心を持っているわけじゃない。

 ただ、そういうのはとっくに経験したってだけだ。


 俺は生まれつきステータスが高かった。

 ステータス。

 そう、アレクシオンではすべての人間はステータスを持つ。

 この世界成人は16歳だが、これもステータスから決まるんだ。

 ほとんどの人間がすべての数値=年齢となる。16歳までは。

 世の中には優れた者、逆に劣等者という者もいる。だから全員ではないが、ほぼほぼ16歳まではレベルは特に年齢とイコール、それが常識だった。

 ステータスにはレベル以外にいくつも項目があって、それらは多少前後する。ただレベルはほとんどが年齢とイコール。


 だが、僕は初めての計測の時、そう生後1年の祝福の儀において、レベルはすでに3だったという。普通なら1なんだけど・・・

 僕の産まれた村はほんとに辺境で、小さな貧しい村だった。

 単なる集落と村との違いは教会のあるなし。一応形だけの教会があったから、村と呼ばれてるけど、本当に小さなもので、教会の持っていた水晶板ではレベルとHP,MPが見られるという最小限のものしかなかった。

 生後1年の祝福の儀。そのとき普通なら1が並び、よく成長した、と喜ぶものだ。これが大都市になると、STR,ATK,VIT・・・・等々、細目があらわせられるから、項目によって1だったり2だったりするそうだ。その数値を見てその子の才能から育て方を考える、というのが、特に貴族や金持ちの子育て、らしい。


 が、俺の場合、生後1年、最低限表記された数値がすべて3だったそうだ。

 3歳児と同等の体力魔力がある、ということ。

 まだそのぐらいなら、天才児現る、と、大喜びされた。

 だけど次の祝福の儀。3歳で7が現れたときには引かれた。

 そもそも同年代と遊ぶようになったとき、すでに俺は7歳児の体力魔力を持っていたため、戯れてるだけのつもりでも、大けがをさせるという事件が多発したらしい。

 次第に遊ぶ子がいなくなり、やがて5歳。3度目の祝福の儀。16。成人の数値。ほとんどの人間は16で頭打ち。才能ある者が20に届くか、という程度。た。

 一般的にレベルが10になれば、自分のステータスを見ることが出来る。

 これを公的に証明するのが教会で発行するステータス表。

 16歳成人ともなれば、大きな教会で発行された細かいステータス表を持って就活する、というのが、この世界の定番だった。

 その時に才能は20を超えたものがあるか否かで判断される。レベルはともかく、たとえばDEX器用さの値が高ければ、細工師への適性が高いとされ、弟子に迎えられやすい、というような感じだ。専門職にはそれに適した力が20を超えるステータスが求められるんだ。


 そういうわけで20を超えればその分野でプロになれるという数値。その中でも一流は30、超人と呼ばれ敬われるのは40を超えるとされる。頭打ちは人間なら50と言われているが、伝説の英雄とて、レベル50は聞いたことがない。


 そういう中で、たった5歳にしてレベル16。成人と同等のレベルを持つ。

 当然俺は自分のステータスを見ることが出来た。ほとんどの能力が成人並み。ただ、INT知力DEX器用さが年齢並み、LUK運にいたっては3しかなかった。

 そう。5歳児にして成人並みの力を持つ、5歳児並の頭の、運の悪い少年が、村の子供たちはおろか、大人にまで気味悪がられ、それどころか親にも見放されて、深い魔の森のさらに奥深くに捨てられる、なんてことは、特別なことでも何でもないんだ。


 魔の森に捨てられた俺は、しかし、その恵まれたステータスのお陰で、立派な野生児となって生き延びた。

 2年が経った頃、とある冒険者パーティが魔物討伐の依頼で魔の森深く訪れ、俺を発見する。

 その頃俺は7歳にして、この深い森の魔物をソロ討伐できるほどに強くなっており、間もなくレベルは30に届くか、というところだった。

 その冒険者たちは捨てられた俺を保護した。

 もともと村人とさえ接点が少なく会話が少なかった俺。この2年で言葉さえ不自由になっていた。そんな俺を根気強く導きまっとうな人間に戻してくれたそのパーティは俺を冒険者として高みへと導いてくれた、といっていいだろう。

 10歳。冒険者として名を知られるようになってきた。レベルで言えば37。すでにそのパーティの誰よりも高ステータス。いや、その地域の冒険者ギルドでナンバーワンの実力。剣も魔法もできる天才児。


 調子に乗っていたのだろう。

 あるときパーティで龍退治に出かけ、不覚にもパーティは壊滅する。まさかの2体目の龍が現れたために、俺が焦って特大魔法をぶちまけてしまったんだ。1歩前へ出て剣で戦っていた俺は、パーティを挟んで反対側から出てきた、より大きな龍に反射的に魔法を撃った。射線からはかろうじて逃げた仲間たちだったが、余波でリーダー1人を除き、帰らぬ人となった。

 リーダーは擁護したが、この事件で、俺はその冒険者ギルドにいられなくなり、国を移動した。その後はずっとソロで活動していた。

 13歳。スタンビートを押さえ込んだ実績で最年少S級に。

 が、遠巻きであこがれを持って見られても、誰も俺に近づく者はいない。

 15歳。神のお告げとかで、招聘。

 初めての同年代との共闘。

 辛くも幸せな日々。

 人外の強さを持つ者達との行動は、心に平穏をもたらしてくれた。初めて本当に仲間、というものが分かったかもしれない、そんな日々だった。

 19歳。

 魔王討伐。力を怖れられ処刑。


 そう。怖がられるのは慣れている。ハブられるのは慣れている。

 だから、殺されたって仕方がない・・・のか?


 『シオン。あなたはもっと幸せになるべきでした。私はあなたに償わねばなりません。人の身には辛すぎる結末を迎えてしまったこと、本当は幸せな余生を与える予定でしたのに。』

 女神様が責任を感じることじゃないですよ。

 『いいえ。私はあなたに幸せを与えたいのです。今生では無理でしたから、せめてもの償いにあなたの望む人生を与えましょう。あなたは生まれ変わるならどんな人生を望みますか。』

 生まれ変わるなら、かぁ。

 そうだなぁ。

 もう戦いはいらないなぁ。

 平和でホワホワした人生、そんな暮らしができたら嬉しいかなぁ。


 飾らず、そんな気持ちが出てきたのは本音だったんだろう。


 『分かりました。あなたを平和な世界で転生させましょう。ホワホワした人生を。今生の分まで、幸せにね。』


 俺は光に包まれ、意識をなくしたんだ。


******************************


 そして10歳。

 前世を一瞬のうちに思い出した俺。

 当然、今生の吉澤詩音としての人生もある。

 が物心ついた後、5年ちょっとの、まぁ、幸せななんにも考えていなかった人生だ。

 それに比べ濃い19年。

 自分のものとして、しっかり刻まれている分、タチが悪い。

 10歳の女の子としての意識より、19歳男S級冒険者としての自覚が上回る。

 こんなの嘘よ、一応は日本人の女の子としての常識も、ものを言う。

 が

 「ステータスオープン。」

 つぶやいた俺の前には、前世に見慣れたステータス表示。

 吉澤詩音。レベル10。・・・・すべて10の表示は逆に新鮮だ。

 そして、グレーになっている文字や数値。

 シオン・グローリー。レベル48。・・・・以下、まさに死んだ時の数値。

 見慣れぬ名前の横のプルダウンボタン。触れると、詩音とシオンの色が逆転する。


 ドクン。


 体の奥底が胎動して、ステータスの変化を感じた。

 研ぎ澄まされるあらゆる感覚。

 慌てて、プルダウンを詩音に戻す。

 感覚が遮断されたような心細い感覚。

 俺は、私は、恐怖に泣きながら気を失った。


 吉澤詩音10歳の出来事だった。 

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