篠野佳織の日常 第2話 夕

定時に仕事を終えて、わたしはそのまま真っ直ぐ家に帰宅をする。真凪はいつものごとく残業するとメッセージが来ていて、帰って来るのは多分9時か10時頃だろう。


扉を開けると、帰宅に気づいたのだろうノアとロトがリビングに続く扉の向こうでミーミー鳴いていた。


まだ小さな2匹に長く留守番はさせたくなくて、わたしは会社でできる限り迅速に仕事をこなして、時にはお昼休憩まで使って仕事をしている。


ノアとロトは出会った頃は本当に子猫という感じだったけど、今はもう少し大きくなって成猫に徐々に近づいている。時々びっくりするようなジャンプをすることがあって、その成長スピードに驚かされてばかりだった。


多分ルナにもそんな頃があったのだろう。ただ、二十年近く前の記憶なんかもうとっくに色あせていて、はっきり覚えてはいない。


リビングに入るなり足下に絡みついてきた2匹に注意しながら、まずは2匹にごはんをあげて、いったん着替えのためにリビングを離れる。


リビングに戻る頃には2匹とも綺麗にお皿のものを食べ終えていて、満足したように小さな手で手招きしながら顔を洗っている。親がいない子猫でも自然とそういうことは身についているので本能ってすごい。


真凪が帰って来るまでにはまだ少し時間があるので、2匹とその後少し遊んで、それから夕食の準備に取りかかった。


家事はざっくり分担を決めていて、わたしが食事担当で、真凪が掃除担当だった。もちろんわたしが遅い日は真凪が食事を作ってくれたりもするけど、真凪が料理をするのはあまり得意でないことがわかっていたので、できる限りわたしがしている。





これから帰ると真凪からメッセージがあったのが8時を回った頃で、丁度夕食ができあがる時間に合いそうだった。


「ただいま」


一通り支度を終えて、準備に使った鍋や皿を洗っているタイミングで真凪が帰宅する。


「お帰りなさい」


真凪は2匹の頭を撫でた後に、キッチンにいるわたしに近づいて腰に手を回して自らに引き寄せる。


「ただいま」


真凪の顔がすぐ傍にあって、わたしはそのままお帰りなさいのキスをする。


真凪はスキンシップが好きな方で、同棲を始めた頃は逃げたりもしたけど、今ではすっかりそれにも慣れていた。


真凪によく言われるけど、わたしは本当にやったことがないことには抵抗が大きくて、基本的に全否定から入る方なので、真凪は気長につき合ってくれている。


「お疲れ様」


「佳織がこのままベッドに誘いたいくらい可愛い」


「先にご飯でしょう?」


そう言うと真凪も頷いて、着替えを終えた真凪と向かい合わせで夕食を取った。


わたしの生活の中に真凪がいて、真凪の生活の中にわたしがいる。同棲しているのだから当然のことだけど、この一年くらいの間で真凪がとても近い存在になったのを感じていた。


「帰り道に何となく猫グッズ見ていたんだけど、こういうのどうかな?」


真凪がスマホの画面をわたしに向けてきて、それを受け取って画面を見ると、キャットタワーの写真が表示されている。


わたしもだけど、真凪も猫バカなのは一緒だった。

初めはわたしのために猫を飼おうと言ってくれたのだと思っていたけど、真凪も猫と暮らしたいという思いがあることは最近ちょっと分かって来た。


「どこに置くの?」


キャットタワーではあるけれど、それは最早アスレチック並みの大きさで、上目使いに真凪を見る。


あっち、と真凪が指したのはノアとロトが夜に寝ているケージを置いている部屋だった。


この部屋を借りる時にわたしと真凪の関係はまだ不安定だったこともあって、お互いにどうなってもいいようにと2LDKの部屋を探した。


でも、真凪と寝る部屋を分けるのはわたしにとっては後ろ向きにしかならないことだろうと、一緒の部屋を使っているので、余ってる部屋はクローゼット兼物置というか、つい何でも放り込む場所になっていた。


ノアとロトを引き取ってからは半分はノアとロトの部屋として使いはじめていて、どうやら真凪は本格的に猫部屋にする気らしい。


「いいじゃない。子供部屋みたいにすれば」


子猫を引き取って育て始めて、程度は違うかもしれないけれど育児みたいなものだな、とはわたしも思っていた。

面倒を見てあげないと2匹は生きていけないし、その分懐いてくれるのが可愛くて、わたしは2匹にとってはお母さんみたいな存在になった気がしていた。


真凪に言われてみて、わたしたちには子供ができることはないし、2匹の存在はそれに近いものだけど、やっぱり照れはあった。


「ちゃんと部屋に合うかどうか計ってから買ってね」


そう言うと真凪は食後に部屋の寸法を測りだしたので、どうやら本気で買おうとしていることは分かった。


なんとなく最近わたしはルナは真凪のこういう猫に対しての愛情を感じていたから、懐いたんだろうと思うようになった。

きっとルナはもっと真凪と遊びたかったのに、体がもう追いついてなかったのだ。


「真凪、ついでにノアとロトを遊ばせておいて」


真凪にお願いをして、わたしは先にお風呂に入ることにする。時々真凪に一緒に入ろうとは言われるものの、時間的な問題もあって平日は駄目と言ってあるので、流石に真凪も今日は強請ってこなかった。

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