第三話:A TRANSFER STUDENT

「なあ、サム!今日から転校生来るらしいぜ」

 いつも何かと絡んでくるジョシュが言った。

「へえ」

 そんな話に、さほど興味はない。

「なんだよ、興味なさそうだな」

 ジョシュは不満げに言う。

「俺はボードさえあればいいんだよ」

 俺はそう言った。本当にそう思っていた。


 その頃俺は、友達作りにも、勉強にも、家庭平和にも、まるで関心がなかった。学校から帰るとすぐにスケートボードを手に取り、いつも滑る穴場に向かう毎日だった。暗くなるまで滑りに滑ったあとは、家に帰って自分の部屋に閉じこもり、雑誌のプロボーダーのコメントを読んだり、「プロに近づくコツ!」なんている本を貪るように読んでいた。食事の時にしかリビングには行かなかったし、朝も学校の始まるギリギリまで寝ていたせいで、パンをくわえて家を飛び出す始末で、家族とかわす会話もなかった。

 でも例の転校生が、その俺を変えることになるとは、俺は知るよしもなかった。


***


「今日は転校生が来てる。さあ、入って」

 教師が教室のドアの方に声をかけた。そして入ってきたのは——


「なんだ、普通だな」

 後ろに座っているジョシュがボソリと呟いた。

 ジョシュが言った通り、確かにごくごく普通の男の子だった。もっと言えば、何も苦労していなさそうな。ほんのり黒で、ちょっと癖のある髪は長くも短くもない、ちょうど良い長さに切ってあった。いくらかぽっちゃりした彼は、運動も得意でないんだろうなという感じがした。でもダサい感じではなく、なんというか上品な、そんな雰囲気が彼からはしていた。クラスのみんなはジョシュみたいな反応が多く、そうは言っても興味は隠せない、そんな空気だった。その空気を感じながら俺は、彼のグリーンの瞳を印象的だなあ、とぼんやり思う程度だった。心はすでに帰ってからのボードのことでいっぱいだったのだ。ただどこか惹きつけられたのも事実で、彼の柔らかい雰囲気を感じていた。

「初めまして。ダニエル・ゴードンです。よかったらダンって呼んで」

 彼はそういうとニコッと微笑んだ。


 その日の最後の授業の後、クラスのみんながダニエルに寄って集る中、俺だけはさっさと帰ろうとしていた。今日は朝ボードで来たから、そのままいつもの穴場に向かうつもりだ。

「ヘイ、サム!もう帰っちまうのかよ」

 ジョシュがその人だかりの中から出てきて俺に話しかけてきた。

「ああ、そうだよ」

「聞いたか?あいつ、バイオリン弾けるらしいぜ、すげえよな」

 確かにこの田舎の街で、バイオリンなんて珍しい。子どもで習っているやつなんか、絶対いないんじゃないのか。俺にはバイオリンなんて別の国の文化という感じがした。偏見だと思うけど。それよりも、転校生のことを普通とかぼやいておきながら、結局好奇心に勝てなかったのであろうジョシュに俺は少し呆れ顔になった。

「へえ、じゃあそのダニエルに倣って、俺も手に職つけてくるわ」

 俺はそう皮肉って、クラスのドアに向かい、出て行こうとした。その時。

「あ、ちょっと」

 誰かがあの人だかりの中から俺を呼び止めた。俺は一体誰だろうと振り返る。呼んだのは、なんと人だかりの中心人物、ダニエルだった。

「…何」

 彼が自分を呼ぶなんて考えもしなかったから、俺は少し動揺していたかもしれない。少し、ぶっきらぼうな返事になった。

「僕も、一緒に帰っていいかい」

 えー、とか、ダン(早速そう呼ばれていた)もう帰っちゃうの、とかいう声が聞こえてくる。

「いーのかよ、観客が待ってるぜ」

 こう言ったのは、あんなふうに人に寄られることのない俺の僻みだったかもしれない。それもこれも自分のせいだということに12歳の俺は気づけなかった。

「ごめん、僕もう帰らなくちゃ」

 俺の言葉など聞こえなかったかのように、ダニエルは人だかりにそう言って、鞄を手に持った。そして俺に近づいてきた。

「さ、行こうよ」

 なぜだかわからないけど、俺は反論しなかった。ダン、じゃあね、とか、また明日、とか言う声の中、ダニエルと共にクラスを出たのだった。

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