REON:Episode1:SUM

保坂衣絃

第一話:MEN

 ドアを開けて入ってきたのはなんだか柄の悪い男たちだった。店の中にいた客の何人かが怪訝そうな顔をする。そんな様子を見てか男の一人が突然椅子を蹴飛ばした。ガタンという音を立てて椅子が激しく倒れる。その音に客たちはビクッと体を震わせ、彼らにあからさまに向けていた目を逸らした。私ももちろん椅子から飛び降りて、観葉植物の植わった黒い鉢と壁の間に潜り込んで、様子を伺うことにした。

 他の客に向かってケタケタと笑いながら、男たちは荒々しくカウンターに向かう。数えて見れば全部で6人。そのうち5人は体格が良かったが、一人だけすらりとしていた。様子からして彼がリーダーのようだ。賢そうな切長の目が冷たく光っている。

「何にしますか?」

 そんな彼らに動揺した様子も見せず、オーナーのレオンは静かに尋ねた。

「ジントニック」

 6人の中の一人が答えた。

「あいにくですが、お酒をお出しできるのは日没後になります」

 レオンは静かに答えた。そう、レオンのこだわりでこの店では、太陽が沈み、明かりが必要になるくらいになったらお酒の注文を受けるのだ。

「はあ?なめてんのかよ」

 一際体格のいい銀色の長髪の一人の男がそう言って、レオンに掴み掛からんばかりにカウンターに身を乗り出した。様子を伺っていた客たちが息を呑む。もちろん、私も。

「そう言う方針でやっているもので。申し訳ないのですが」


——ガリ、ガリ


 そんな男に顔もあげないレオンは、あくまでも冷静さを保っていて、表情ひとつ変えずに淡々とコーヒーミルを動かしていた。

 そんなレオンの様子がますます頭にきたのか、銀髪の男はカウンター越しにレオンの胸ぐらを掴んだ。

「ふざけんじゃねぇ。素直に出せ」

 そう言うと、近くに飾ってある猫の置物を掴み、カウンターに叩きつけようとした。

(あ!その置き物は!)

 私は思わず目を閉じた。


——ガシッ


 置物の割れる音も落ちる音もしない。私がそっと目を開けると、レオンは男の置物を持つ手を掴んでいた。


(はあ、危なかった…)


 私は安堵のため息を洩らした。あの置物はレオンにとってのたくさんの思い出が詰まっている。割られるわけにはいかないのだ。

 客たちは相変わらず固唾を飲んで見守っている。レオンが行動に出たので、あの男の怒りは余計に増したんじゃないだろうか。私は不安になった。

 ところが。

「い、痛てて」

 レオンの手が男の手を変な方向に捻じ曲げていたのだ。レオンが男の手を離すと男は痛さに涙目になって、大人しく椅子に座ってしまった。6人の中に気まずい雰囲気が流れる。

「申し訳ありません。お酒はお出しできませんが、代わりにこれをどうぞ」

 その空気を知ってか知らずか、痛がる男をよそにレオンは微笑みながら6つのグラスにアイスコーヒーを出した。いつの間に準備したのか。

「…アイスコーヒー?」

 リーダーらしき男が怪訝そうに顔を歪める。彼は仲間であろう先程の銀髪の男を慰めるでもなく、ただレオンを見つめた。

「はい、アイスコーヒーです」

「俺たちは酒を飲みにきたんだ。無いなら他の店に行くさ」

 そう言って男が椅子から立ち上がろうとした。

「自分で言うのもなんですが、これは他のアイスコーヒーとは格段に違いますよ」

 レオンはそう言って微笑む。レオンの言葉に男は上げかけた腰を止めた。

「魔法のアイスコーヒーとでもいう気かよ」

 レオンの言葉に男は馬鹿にしたように笑う。

「なんとでも」

 レオンは肩をすくめ、そんなレオンを男は訝しむように一瞥した。そして、逡巡したのち、そっとアイスコーヒーの入ったグラスを手に取った。

「俺はアイスコーヒーを本当に美味いと思ったことは一度しかない」

 そう言いながら、男はそのまま一口だけ飲んだ。

「…」

 男は一瞬、驚いた顔をした、ように私には見えた。でもしばらくするとこう呟いた。

「ありきたりな味じゃないか」

 そう言うと、まだアイスコーヒーのたくさん入ったグラスを静かにカウンターに置くと、黙ってドアまで向かった。男たちもぞろぞろと彼についていく。

「また、」

 その男の背中にレオンは声をかける。

「またいつでもお待ちしていますよ」

 男たち、にではなく彼に、間違いなくそう言った。その言葉に男は一瞬だけ足を止めたが、その後何も言わずに店を出て行った。


 彼らが去り、客は皆何もなかったかのようにまた静かな午後のくつろぎを楽しんでいた。私はただ、何も言わないレオンを見つめていた。


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