第16話

 気まずい中現れる俺達に、小倉は爽やかな笑顔を向ける。

 芽杏は光を失った目で俺の持つジュースを見た。

 二人の反応差は明確。

 小倉に関しては自分の行動が芽杏にどんな思いをさせたか、という事に気づいてないのがタチ悪いな。


「エナドリちょーだい」

「え、いやこれは俺の……」

「お願い」

「あ、はい」


 有無を言わさぬ芽杏の物言いに、俺は反論をやめてエナジードリンクの缶を手渡した。

 と、受け取った芽杏が一気に飲む。

 あぁ、楽しみにしていたのに。俺が飲む気で買ったのに。


「よしっ! 元気いっぱい!」

「そりゃよかった」


 俺の犠牲で生気を取り戻せたなら良しとするか。

 一方小倉ははてなマークを頭上に浮かべながら、杏音にもらったスポーツドリンクを飲む。


 現在時刻は11時半。

 周りで遊んでいた人らもまばらになり、ベンチで弁当を食べたりしている。

 昼食時だな。


「俺達のご飯はどうするんですか?」


 杏音に尋ねると、彼女は肩を竦めて見せた。

 謎の反応に首を傾げていると、芽杏がバッグを漁りだす。

 まさか。


「お姉ちゃんが弁当作ってくれたの!」

「まじ……か」


 嫌な予想が当たってしまった。

 前にも話したが、俺は若干の潔癖症だ。

 加えて飯は温かいうちに食わないと気持ち悪くなるタイプ。

 だからこそ、俺にとって手作り弁当はまったく嬉しくない。


 だがしかし。

 そんなこと言ったら人間として終わる気がする。

 せっかく人が作ってくれたものだ。

 準備には時間がかかっただろうし、俺よりさらに潔癖な杏音が作ったものだ。

 美味いに決まっているし衛生的な心配も必要ないだろう。

 でも……っ!

 生理的拒否反応というのは拭えない。


「嬉しくないの?」

「そ、そんなわけ! 杏音、ありがとうございます」

「はい」


 さらっと俺の感謝を流す彼女。


 そして芽杏によって弁当が広げられる。

 中身はたくさんのサンドイッチ、春巻きや唐揚げ等のおかずが詰まっていた。

 手作り弁当という単語に拒絶を示す俺でさえ美味そうに見える。


「全部杏音が作ったんですか?」

「勿論」

「お姉ちゃんあたしがキッチンに立つと怒るんだもん」

「芽杏料理下手だから触れられたくないの」

「あー、またそんな事言う!」


 ベンチは俺と杏音が隣同士、芽杏と小倉が隣同士というペアで座った。

 二人がサンドイッチに手を伸ばす中、杏音は耳打ちしてくる。


「……無理して食べなくていいから」

「えっ?」

「……悠手作り弁当とか苦手でしょ? 前泊まった時に悠が潔癖症ってのは知ってるから。一応サンドイッチは冷えても食べれるし、気を遣って入れてみたけど」


 この人は、神か?

 今まで拗らせだのメンヘラだの馬鹿にしてごめんなさい。

 俺の言わんとすることを全部把握してくれている。


「……皮肉な話ですけど、俺と杏音って芽杏に言わせると似てるらしいです」

「……癪だけど、まぁ事実ね。悠の考えることは正直分かりやすい」

「……ほんとに大好きですそういうとこ」

「……マジで都合がいいね。でもそういうとこ嫌いじゃない。それにどうせ何も言わなくても気を遣って食べてくれてたでしょ? 私も悠の性格を知ったうえで弁当を作った責任があるから、ある程度配慮したメニューで作る」


 ボソボソと会話を続けていると、サンドイッチを咥えた芽杏が訝し気な視線を向けてきた。


「何話してるの?」

「悠が私に熱烈な告白をしてただけ」

「やめろよ気持ち悪いぃぃぃぃぃじ!」

「ワル〇ージ?」


 この女、何故毎度毎度見えないところで攻撃してくるのか。

 というかブーツの踵で俺の薄いスニーカーを踏むのやめろや。


「お姉ちゃん、この春巻きめちゃおいしい!」

「サンドイッチもおいしいっす! おい宮田、俺達に感謝しろよ」

「はいはい」


 興奮する二人に、俺もサンドイッチを頬張る。

 おぉ、これは。


「どう?」

「マスタードでも使ったんですか?」

「嫌だった?」

「逆です。簡素な味を想像してたので絶妙なアクセントに驚いただけで。美味しいです」

「そう」


 独り暮らしなので当然だが、俺は自炊もする。

 しかし、そんな俺の作る飯より絶対に美味い。

 どこで身に着けたスキルかわからないが、美味しい料理を作れる才能はあるに越したことはない。

 将来はきっと良いお嫁さんに……はならないか。

 まずは闘病からの持病の完治が必須だ。


 なんて、珍しく他人の手作り弁当に夢中になっている俺の隣で、缶コーヒーしか飲んでいない杏音。


「食べないんですか?」

「手作り弁当好きじゃないから」

「えぇ。美味しいのに」

「ありがと」


 別に褒めたいわけじゃないんだけどな。

 まぁ本人が言うならいいか。

 別にやせ過ぎなわけではないし、昼を抜いたくらいじゃどうと言わないだろう。

 そもそも一人暮らしの俺は休日なんて面倒で一日一食しか食べないし。


 というか自分で作ったのも嫌いなのか。

 やはり俺とは次元の違う本物の潔癖だな。

 俺なんて使用済みコップを二日は洗わず使用し続けるというのに。

 自分の汚さへは寛容なのである。我慢できないのは他人だけ、他人にだけ厳しいのだ。

 嫌な奴だし二重の意味で汚い奴だな、宮田悠って男は。


 目の前のカップルは若干仲を取り戻してきている。

 というか、小倉は何も気づいていないまま、芽杏が明るく振舞えるようになっただけだが。


 小倉に悪気はないんだろうが、恋愛初心者にとって他の異性と会話されるのは気分が良いモノじゃない。

 小倉はサッカー部のイケメン、と人生割と女には恵まれた環境下で育っただろうから知らないかもしれないが、どんな奴でも初めての恋愛で嫉妬感情は付き物だ。


 俺はいつも片思い止まりなので毎回嫉妬に苦しんでいた。

 不思議と今はそうでもないが。

 本気で嫉妬に狂っていたらこんな場所に出てこないからな。


 弁当を平らげ、容器を片付けている芽杏を他所に俺は一つ疑念を抱く。


「杏音って潔癖ですよね?」

「まぁそうね」

「この弁当容器って誰が洗うんです?」

「あたしだよー」


 聞くと芽杏が答えた。


「いっつもだよ。お母さんがいないとき料理は作ってくれるけど、洗い物は全部押し付けてくるの」

「ご飯作ってあげてるんだから文句言わないの」

「えー、あたしだってやだもん。お父さんの使った食器洗うの」


 なんやかんやとじゃれ合う姉妹。

 仲が良さげで微笑ましい。


 場所を移すべく移動を開始すると、小倉は俺の横を歩く。


「孤高魔女なんて言うけど、案外可愛い人なんだな」

「そうか?」

「そうかってお前好きなんだろ? 杏音先輩の事」

「まぁそうだな」


 否定はしない。

 それはこいつらが思っているような恋愛感情とは異なる、歪な感情だが。

 ある意味俺と杏音は相思相愛だ。

 両想いと同義なのにまったく嬉しくないのが、俺達の関係の凄いところだが。


「小倉」

「なに?」

「芽杏の事大事にしろよ?」

「お? 当たり前だろ」


 この前すれ違いかけていた二人。

 一昨日から時間も経ってないし、あまり会話もしていないだろう。

 これ以上すれ違いを増やすのはお勧めしない。

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