第7話

 その日の放課後。

 珍しく狭い俺の家に来客があった。

 それも二人も。


「いやぁ一人暮らしは羨ましいな」

「あたしも憧れるー」

「リア充は爆散してどうぞ」


 芽杏と小倉。

 まごう事なき美男美女が俺の家の敷居をまたいでいる。

 これはイレギュラーな事態だ。

 例えるなら黒くて素早い彼が二匹同時にこんばんはしてくるような感覚か。

 いや、流石にこの例えはあんまりだな。

 まぁ俺からすれば美形カップルなんてそのくらい畏怖の対象であるという事だ。


 しかしながら、俺は動じない。

 だって先週はこいつらより美形度の高いJKと、二晩を二人きりで明かしているのだから。


「俺は小倉が来るとしか聞いてなかったけど?」


 咎めるような視線を小倉へ向ける。

 冬だと言うのに日焼けか知らないが肌が黒いイケメンは、苦笑して見せた。

 零れ見える白い歯がまたウザい。

 くそ、イケメンクタバレ。


「なんか芽杏が言いたいことあるんだってさ」

「チッ」


 どうせ掃除時間の件だろうが。

 面倒だな。


「ね、小倉にも聞かせて良い?」

「好きにしろや」

「実は宮田って孤高魔女の事が好きなんだって!」

「……」


 ほらな。

 おーいどこかのメンヘラ拗らせ魔女さんよ、とんでもないことになってますけど大丈夫ですかぁ?


「孤高魔女って、芽杏の姉ちゃんの?」

「あれあたし言ったっけ?」

「苗字一緒じゃん。夜月なんてそうある苗字じゃないし。サッカー部の先輩から孤高魔女のフルネームはよく聞くからさ。顔も似てるし、そうじゃないかなーとは思ってたんだ。昨日姉ちゃんがいるとは聞いたし」

「顔、似てるかな?」

「うん。お前の顔、その、よく見てるから」

「あっ、そっか。あはは……」


 茶番はやめてもろて。

 聞くに堪えんし見るに堪えん、オライライラすっぞ~。


 とまぁ人参ヤサイ人モードはさておき。

 どうせ恋愛のプロがいるならいくつか聞いておきたいことがある。

 というわけで。


「お前らの失恋経験を聞きたいんだが」

「「は?」」


 甘い雰囲気で笑い合う男女が固まった。


「なんて言った?」

「お前らの失恋経験が知りたい」

「なんでよ」

「知りたいからだろ」


 恋愛恐怖症とは失恋を拗らせた後に発症することが多い。

 だから失恋経験を聞くことで治療法が分かるかもしれない。

 彼女のメンヘラが治れば、今後俺へ振りかかる面倒ごとも減りそうだしな。

 なんて、それはあくまで全体のうち二割程度の理由だが。

 本命は別にある。


 俺の問いに芽杏は信じられないといった表情。


「付き合いたての俺らに聞くことかよ?」

「付き合いたてだから聞くんだ。要するに失恋から立ち直り、再起を果たした青春の戦士なのだからね、君たちは」

「誰なんだその口調、キモいな」


 小倉は溜息を吐き、芽杏と顔を見合わせる。

 そして観念したかのように口を開いた。


「春にマネージャーの先輩にフラれたな」

「おぉっ! いいね。そういうの待ってました」

「くそ性格わりぃなお前。……五月くらいかな、普通に好きな人がいるからってフラれたわ」

「どうやって立ち直った?」

「それはその……同じクラスの芽杏と話してるうちにだんだん」

「おっけ。もういいです。次の方」


 惚気は聞きたくない。

 なんだよと若干頬を赤らめる小倉に、続いて芽杏は首を傾げる。


「失恋かー……ないかも」


 な、なんだって?

 俺は驚愕と恐れによって震えながら目の前の女を見る。

 そこにはあどけない笑みを浮かべる美少女が。


 ……承知した。確かに杏音の言った通りだな。

 この世の全ては愛嬌である。

 全くもって恨めしい。

 そしてその笑顔に若干ドキッとした自分を殺したい。貴様は引っ込んでろビビりめ。


「まぁあんまり恋愛とかわかんなかったし」

「今は?」

「今も」

「「え?」」


 俺と小倉の声が重なった。

 と、芽杏はぶんぶん手を振って否定する。


「いや、やっぱり興味がないわけじゃないんだよ。ただ、この人が好き! みたいなのってあんまりなくて……あっ、小倉の事は好きだよ? じゃなきゃ付き合ったりしてないし!」

「お、おう」

「ゴホンッ!!!!!」


 血塊を吐き出す勢いの咳払いで、ラブコメを始めようとする高校生カップルを止める。

 ここは俺の家だ。つまり俺がルール。

 イチャイチャすんじゃねぇ。


 と、一人寂しくイライラしている俺に小倉は不思議そうな顔をする。


「宮田は孤高魔女と付き合いたいんだろ? なんでそんなこと聞くんだよ。もっと他に告白の仕方とかの方が大事だろ」

「あー、あの人は特殊だからお前から得られる教訓はないさ」

「それもそうか」


 適当に誤魔化したが納得してもらえた。


「友達の親友に先輩と付き合ってる奴いるからアドバイス貰おうか?」

「なんだそのキモい奴」

「隣の高校だよ。借り物競争で部活の先輩マネージャーをお姫様抱っこしてから付き合い始めて、今はラブラブなんだとさ。知り合いのバスケ部の佐原って奴が言ってたわ」


 まるでラブコメ主人公だな。

 そういう奴に限って、気怠いキャラ気取ってるんだろうな。

 想像するだけでむかつく。


 しかし、こうしてリア充と共にいるとどうも思考がダークサイドに落ちるな。

 やはり俺は真性の非リア充か。

 なんだかんだ杏音との会話は居心地よかったんだなってのが身に染みてわかる。


「あぁそうだ。お姉ちゃんのこと色々教えてあげるよ~」


 その後、芽杏のニヤニヤした笑みによって話題は俺と杏音をくっつけようという話に変わった。




 ‐‐‐




 他人を自宅に招いた際、帰らせた後もその存在感は室内に色濃く残る。

 そんな空間で一人机に向かい、頭を抱えた。


「うぅぅぅぅ。うぎゅるるるぅぅぅ」


 奇声を発しながら発散する。

 溜まったストレスを、一気にだ。


 辛い。


 恋愛なんて滅べばいいのにな。

 誰も幸せになんてなれない。


「杏音、俺もそっち側の人間なんですよ」


 恋愛恐怖症。

 それを患っているのはドブにハマっていた馬鹿丸出しな孤高魔女だけではない。

 そう、何を隠そう俺も患者なのだ。


 お気づきだとは思うが、俺は夜月芽杏が好きだった。

 だった、と過去形にしていいモノかは自身でも判断がつかない。

 しかしながら失恋したのは確かだ。

 ぼーっと『仲良いし、いつか付き合えるだろう』という舐め腐った思考を抱いていた俺の目の前から、友達が掻っ攫って行った。


 実際、芽杏と一番仲が良かったのは俺だと思う。

 裏で全員がどんなやり取りをしているかを把握しているわけではないが、少なくとも姉――杏音についての相談を受けていたのは俺だけだ。

 実際結ばれていない俺が言うのも変な話だが、よほど気を許していない相手に家族の相談はしないだろう。

 恐らく俺は芽杏に受け入れられていた。


 別にイケメンではない。

 不細工と言われたこともないが、まぁ小倉のような雰囲気は持っていない。

 しかし。

 もし告白でもしていれば付き合えていたかもしれない。


 別に抜け駆けされただなんて言いたいわけじゃない。

 恋愛なんて早い者勝ち、度胸を見せた奴が勝つのが当然。

 しかしだ。


 


 中学の頃に二回、同じような経験がある。

 どちらも仲良くなって、もうそろそろ付き合えるかもっとドキドキしていたところを取られた。

 その度に枕を濡らしたものだ。


 三回目にもなるとそんな感情は消えた。

 ただ単に自分に恋愛への適性がないんだと気づかされるだけだ。

 さようなら青春。俺は孤独に生きていくよ。


 あの日――杏音を匿った日、俺は萎えていた。

 恋愛なんてもうこの世から消えろ、俺の前にラブの二文字をチラつかせたら脳天勝ち割るぞと意気込んでいたところだった。

 だからこそ、彼女の話には共感しかなかった。


 人間不信、よくわかる。

 三度も友達に好きな人を取られれば俺だって人間の思考なんてわからなくなる。

 怖いさ。


「一緒に恋愛恐怖症、治しましょうね」


 俺は呟くと、そのまま目を閉じた。

 目の前は、真っ暗だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る