【週刊】タンペンっ!

名明伸夫

第1話 日曜日の朝

(八時十五分か……)


 私は重たい瞼を持ち上げながら、気だるそうに時計を見た。


 眠気が残る頭で、そういえば今日は仕事も遊びの予定もない日曜日だということを思い出す。


 一瞬、このまま二度寝してしまおうかとも考えたが、何故か妙にすっきりと目覚めてしまったので、とりあえず身体をベットから起こし大きく伸びをしてみた。


 ギシギシと背骨が軋むような心地よさが全身を包む。


 私はとりあえず、いつもの習慣通りに寝室からリビングへ向かい、いつもの習慣通りにテーブルの上にあるリモコンに手を伸ばし、スイッチを入れた。




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『グワハハハハ! どうしたドラゴンシルバー、貴様の力はそんなものか!』


『くそっ、こんなところでお前にやられる訳には……』


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 テレビをつけると、そこに映し出されていたのは、毎朝見るニュース番組ではなくどうやら子供向けのヒーロー番組のようであった。


 数秒ほどぼんやりとした表情で画面を見つめていたが、私はふと思い出したように洗面所へと向かった。テレビの中では依然としてヒーローのピンチが続いているようだった。



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『さぁ、今楽にしてやる! くらえぇー!』


『ダメだ……身体が言うことを聞かないッ……!』


『……待てぃ!!』


『んっ!? 何者だ、出てこい!!』


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 私が最後に特撮ヒーローものを観たのはいつのことだったか。今でもこんなお約束のような展開があるんだなと、私は顔をタオルで拭きながらリビングへと戻ってきた。


 テレビの中では、地面に膝をつくヒーローとその前に立ちはだかっているクワガタの様な姿をした怪人が辺りをキョロキョロと見回している。


 すると、どこからともなく軽快なリズムのBGMが鳴り響いた。



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『お、お前は……ゴールデンタイガー』


『大丈夫か、ドラゴン』

『あぁ、すまない。どうやらこれでお前に貸しを作っちまったみたいだな』


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 フサフサとしたマフラーをなびかせた虎の様な風貌をしたヒーローが、ドラゴンと呼ばれるヒーローの元へと近づくと、ヒーローは先程までのダメージが無かったかのようにすっくと立ち上がった。


 私はチラリと時計を見た。午前八時二十分……そろそろ怪人を倒してエンディングかなと、昔の記憶を頼りに心の中で勝手に推察してみる。



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『バカめ、お前らが二人になったところで所詮俺の敵ではないわ!!』


『それはどうかな? いくぞドラゴン!』

『わかったぜ、タイガー!』


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 すると、二人の体を金色と銀色の炎が包み込み、二人は同時に空高く飛び上がったかと思うと、足を突き出すようなポーズで一直線に怪人に突っ込んでいく。



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『『必殺! シャイニングクラァァッシュ!!』』


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 まぁ、読み通り、おそらくこれで怪人を倒して終わりだろう……。


 そう思案しながら私がコーヒーカップにコーヒーを淹れてソファに座ると、突然画面がそこで切り替わった。


 そして聞きなれないナレーションの声が流れ始める。



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『さぁ、テレビの前の皆! リモコンのbボタンから今日のシャイニングクラッシュのパワーをチャージしよう! 今すぐbボタンをプッシュするんだ!』


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 ……。





 …………は?


 思考が停止した。


 そしてその直後、これが今時のヒーロー番組の演出だということを理解し、気を取り直してコーヒーを少し口に含んだ。


 それにしても、今までこのリモコンのbボタンというのは何に使うのかあまりわからず、ほとんど触ったこともなかったが、こんな風に使うことも出来るのかと、いつしか私の驚きは興味と感心へと変わっていった。


 テレビの中では『チャージメーター』なるものがグングン上昇している。おそらく、今全国の少年たちが胸を高鳴らせながらbボタンを押しているのだと思うと、何故か不思議と微笑ましい気分になる。


 しかし、そこで私はあることに気がついた。


『チャージメーター』の隣には残り時間を表す数字のカウントダウンもされているのだが、どう考えてもメーターが満たされる早さが時間内に間に合わない気がするのである。



 ……いやいや、まさか。



 これはヒーローものとはいえ、所詮は台本があるテレビ番組なのだ。


 この話の撮影だって、実際は随分前に撮り終わっており結末は既に決まっているのだ。


 そうは思いながらも私は心の隅に残る一抹の不安を拭えぬまま、画面を注視していた。



 すると驚くべきことに、その不安は見事に的中し、メーターが一杯になる前に残り時間が『ゼロ』の表示を示したのである。




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『オーマイガッ! なんてこった! チャージメーターが満たされていないぞッ!』


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 唐突に、先ほどのナレーションの声が聞こえたかと思うと、画面が突然切り替わり再びヒーローの必殺技のシーンが映し出された。



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『そんな攻撃で俺が倒せるとでも思ったかぁぁ!』


『『うわぁぁぁぁ!!』』


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 なんと怪人はヒーローのキックを華麗に避けると、頭にある大きなツノで、二人のヒーローを切り裂いた。

 身体からバチバチと火花を散らしながら、ヒーローが大袈裟に倒れ込む。



 一体、なんなのだ。これは。



 私は思わず、手に持ったコーヒーカップを滑り落としそうになった。


 時計を見る。午前八時二十四分。


 確か、この手の番組は昔から八時半前には終わっていたはずだ。


 いつしか私はこのヒーロー番組から目が離せなくなり、この先の展開を固唾を飲んで見守っていた。



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『だ、大丈夫か……ドラゴン』

『あぁ、だがこのままでは……』


『フッハハハハ! 今日こそ貴様らを地獄へ送ってやるわ! 死ねいッ!!』


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 お互いを支え合うようにして立つ二人のヒーローに向かって、クワガタの怪人が大きな角を振り上げながら突進を始める。


 私は最悪の展開が脳裏に浮かび、思わずぐっと固く拳を握った。


 すると、再びあの声が響き渡った。



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『さぁ、みんな! 最後のチャンスだ!! 怪人クワビートルが二人の所へ辿り着くまでに、もう一度bボタンをプッシュして、チャージポイントを溜めるんだッ!』


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 そのナレーションと共に画面が上下二分割され、下には先ほどと同様のチャージメーターが表示され、上画面には怪人がリアルタイムでヒーローの元へ突進をしている映像が流れ続けている。



 この時既に、私の中に迷いは無かった。



 手に持ったコーヒーカップを、素早くリモコンに持ち帰ると、私は意を決してbボタンを押した。すると〝ピコーン〟という軽快な効果音と共に、チャージメーターが一瞬だけ光った。


 だが、依然としてメーターは半分程しか溜まってはおらず、せっかく貢献した私のポイントもほとんど焼け石に水のようなものであった。


 私は、一体全国の少年たちは何をやっているんだと叫び出したい気持ちを必死に堪え、やけくそ気味にbボタンをもう一度押した。


 すると再び〝ピコーン〟という効果音が鳴り、メーターが光ったのである。



「ひ、一人一票じゃない……のか?」



 気がつけば、私は思わず小声でそう呟いていた。

しかし、そうとわかればやるべきことは一つだった。


 私は徐々に狭まる怪人との距離に注意しながらも、ひたすらにbボタンを連打し続けた。


 テレビからは、効果音が何度も激しく鳴り響き、メーターもその光りを放ち続けている。



 そして、ついにその時が訪れた。



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『とどめだぁぁぁ!!』


『今だ、タイガーァ!』

『おうッ!』


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 二人のヒーローは、互いに肩を組みながら上空へと飛び上がり、怪人の一撃を間一髪かわした。


 そして再び二人は金色と銀色の炎に包まれ、今度は拳を突き出すようなポーズで一直線に怪人に突っ込んでいった。



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『『必殺! シャイニングナックルッ!!』』


『……ば、馬鹿なぁぁァァァァァ!』


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 必殺技を受けた怪人は大爆発を起こし、爆煙の中からヒーロー達がゆっくりと現れたのだった。





「終わった……」



 私はソファに深く座り直し、大きく息を吐いた。

 不思議と身体には妙な達成感が満ちていた。


 時計を見る、八時二十八分。


 私はエンディングを横目で見ながら、コーヒーカップを持って台所へ向かった。


 コーヒーカップを洗いながら冷静になった私は、演出とはいえ子供向け番組に熱くなってしまったことに苦笑し、また最近のヒーロー番組がここまで進化していたことに驚きを隠しきれないでいた。



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『さぁ、今日もチャージMVP発表の時間がやってきたぜ! 今日一番頑張ってくれた仲間にタイガー&ドラゴンピンバッジをプレゼントするぞ!』


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 ふと聞こえてきたナレーションの言葉に私はカップを洗う手を止めて顔を上げると、テレビ画面には私の名前が君付けで、でかでかと表示されていた。





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