果実酒

 1年前に漬けた枇杷の果実酒を出してみた。毎年庭で大量に採れる枇杷の実はコンポートやジャムにして近所にも配り、残りを氷砂糖と一緒に焼酎に漬ける。

 葉は入浴剤にすると身体が芯から温まり、乾燥させて茶にして飲むと、咳止めや浮腫の解消、胃腸の調整、美肌効果などがある。苦くて美味しくないが、風邪の引き始めによく母に飲まされた。


 枇杷には捨てる所が無い。種も中身を取り出して炒って食べるとホクホクして美味しいが、生の種子は動物の体内の酵素と結びついてシアン化合物(青酸)を発生させるので食べ過ぎ注意だ。未成熟な種子を動物に食べられないようにする植物の防衛機能なのだろう。

 食べてはいけないと農林水産省から注意喚起も出されている。

 

 漬けた当初は薄い黄色だった色が徐々に琥珀色に染まり、今は黒に近い濃い橙色に変わっている。炭酸水で割るのも良いが、喉を通る刺激が苦手な私は枇杷酒と水を背の低いグラスに注いで氷を浮かべた。

 薄くなった橙色を光に透かして見る。キラキラと光を照り返す複雑な屈折が美しい。


―きれい…


―おさけ…


 そういえばすうにお酒を飲ませた事はないが、飲むとどうなるのだろう。ジャムやコンポートは喜んでいたが、酒は飲んでいない。

 悪戯心を起こしてグラスをもう一つ用意し、液体を注いで卓袱台の隅に置く。


―おさけ…


 私は自分もグラスを傾けながら、すうの声を聞いていたが、つい飲み過ぎてそのまま眠ってしまった。

 夜中にふと目が覚めると、なんだか部屋の様子がおかしい。

 点けた覚えのないラジオが音楽を流し、それに合わせるように蛍光灯が明滅し、部屋に置いてある時計や食器等が踊っている。


―おさけ…


―おいしい…


―たのしい…


「すう!?」


 視界の端に子供のような裸足の爪先がちらりと映り、私は慌てて大声を上げた。


 置き時計がぽとりと畳の上に落ちた。壊れていないか確かめて、他の落下物を拾い集めながら、私はすうに酒を飲ませるのはやめようと強く思った。

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