籠目

 母は生前藍染めや柿渋が好きで様々な生地を集めていた。防虫・抗菌・消臭効果があり生地を長持ちさせるからだそうだ。

 文様にも凝り「麻の葉」「鱗」「籠目」「青海波」「菱」「七宝」等、素人ながら時々自分で染めたりもしていた。

 

 箪笥の整理をしていた私は、籠目文様の藍染めの麻の巾着袋を見つけ、子供の頃それを持たせてくれた母の言葉を思い出した。


『籠目は六芒星という意味もあってね。魔除けになるの』


 思い返せば当時家の中には藍や柿渋で染めた麻の葉文様の暖簾や、額に入れた鱗の手拭い、青海波の風呂敷等が溢れていた。


『六つ目編みされた籠の形が眼に似てるでしょう?邪なものは凝視されることを嫌うんですって』

 

 ドライな現実主義者だった母が縁起物に拘っていたようには見えなかったが、私の持ち物にも何処かに必ず文様を施した藍や柿渋の麻生地が使われていた。


『麻にも魔を祓う効果があるのよ。神社の注連縄やお詣りの時にりんりんて鳴らす鈴縄も麻で出来てるの』


 常にぼんやりして電柱にぶつかったり段差に躓いたりしていた私がよほど心配だったのだろうか。


『麻は『ま』とも読むから、これは謂わば『おもり』ね』

 

 幼い頃は母の云う事が難しくてよく分からなかったが、私の為にやってくれているのだとうっすらと理解した。

 可愛いキャラクターものの巾着やレッスンバッグを持つ友達が羨ましくない訳ではなかったが…。


「会社に持って行くお弁当入れにしようかな」


 真新しいうちはごわつく生地の手触りや独特の香りが嫌だったが、今、年を経てくったりとした柔らかい風合いになった古布は手にしっくり馴染む気がする。


―おべんとう…


「私のお弁当」


―たこさんウインナー…


―おべんとう…


「私の…」


 台所の入口にまだ掛けられていた麻の葉文様の暖簾が風もないのにふうわりと揺れる。

 もしあれが魔除けだとするならば、自由に家の中を行き来しているらしいすうは一体何なのだろうか。


―たこさん…

 

―からあげ…


 翌日、私はたこさんウインナーを入れたお弁当を二つ作り、その内の一つを巾着袋と一緒に箪笥に仕舞ってあった籠目の小さな風呂敷に包んで卓袱台の上に置いた。


 仕事から戻って見ると風呂敷は解かれ中身は綺麗になくなっていた。


「洗っておいてほしい…」


 多分、怪異に期待するのは間違いなのだろう。

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