すう

鳥尾巻

肉まん

 怪異を飼っている。


 辞書によれば、怪異とは『道理では説明がつかないほど不思議で異様なこと、若しくはばけもの』のこと。


 所謂化け物がどんな形をしているのか、実際に見た事はないので詳細は知らないが、其れは形と云うより現象の様なもので、黄昏時に吹く肌を撫でる生暖かい風や、空に浮かぶ龍の形に似た雲、締め忘れた襖の隙間から覗く暗闇、古い家屋の軋む音、人の心が感じる印象の様なものではないだろうか。


 居るのは分かっていても、眼の端に映る其れをはっきり捉えようとすると視界から消えて往く。

 すう…と消えて往く其れを、私は便宜上『すう』と名付ける事にした。


「コンビニでも行こうかな…」

 独居で誰に云うでもなく独り言ちると、話しかける風でもない小さな声がする。


―肉まん…


「買わん」


―肉まん…


 強要する訳ではないのに、まるで無意識下に無益な情報を刷り込むメディアの如く静かに執拗に声が繰り返す。


―肉まん…


 気付けば私は肉まんをふたつ買って卓袱台の前に座っていた。


「何故だ…」


 湯気をあげる肉まんを丸い卓袱台の端に置くと、いつの間にか無くなっている。


―おいしい…肉まん


 また、すうを甘やかしてしまった…。

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