第14話 メンタル最弱女王違法武者修行編

神前試合の予選を無事勝ち抜いた翌日、マリアは部屋でぼんやりとしていた。

試合を終えて王宮に帰った後、てっきり即訓練をさせられるかと思いきや、リョウはマリアとトエットに休憩を言い渡し、どこかへ行ってしまったのである。

そのためマリアは一応トエットと話し合い、柔軟や魔力を淀みなく流す訓練を一応し、それからそれぞれゆっくり風呂につかって美味しい夕飯を食べ、ぐっすりと眠った。

翌朝もリョウは帰ってこず、マリアは再びトエットと一緒に基本的な訓練をし、なんだか落ち着かなくて手合わせもしてもらい、昼食を食べ、早めに風呂に入り、そうして今、優雅に午後のティータイムと洒落込んでいる。

いよいよ二週間後には本番が待ち受けているとあって、さあこれからゴリゴリに扱かれるのだろうなと身構えていたマリアは、なんだかちょっと肩透かしを食らったような気分だ。

居心地のいい王宮のリビングは、大きな窓から、外の整えられた中庭がよく見わたせる。

晴れた空。白い雲。咲き乱れる美しい花々。小鳥の声がどこからともなく響き、己の手の中には侍女のリズが淹れてくれた、芳しい紅茶で満たされた繊細なカップがある。

ケーキをすっかり食べ終えてしまったマリアは紅茶を飲み、その暖かさと優しい甘さに、ため息をついた。


最近は怒涛のような忙しさで、こんなにも寛げたのは、本当に久しぶりのことだ。

ほんの一週間ほど前まではこれが当たり前だったのに、慣れとは恐ろしいもので、マリアはこののんびりだらだらとした空気を忘れかけてしまっていた。

リョウに言わせれば、マリアは訓練中も度々マイペースさを発揮していたのだが、本気を出せば何も考えずに虚空を3時間は眺めていられるマリアからすれば、最近の頑張りはこれまでの人生で一番と言える。

頑張り過ぎて、自分がいま、いわゆる燃え尽き症候群と呼ばれる状態になっていることに、マリアは気付いていない。

無理もないことではあった。

これまで蝶よ花よと大切に育てられていた箱入りのお姫様が、突然女王に就任したうえに、バトル系少年漫画さながらの状況に突っ込まれたのだ。そのストレスは相当なものがあった。

むしろそこにきっちり付いていった上に、こうして呑気に余暇を楽しめているあたり、マリアの神経はリョウが見込んだ通りかなり太いと言えよう。


マリアは空になったカップをソーサーに置き、しげしげと自分の手を見た。

以前よりは引き締まった体は、それでも細さと肌の滑らかさを保っており、傍目にはいかにも貴婦人らしい。

マリア自身、いったいこの体のどこから先日のようなパワーが生まれているのかと、困惑するような華奢さだ。

勿論この世界の魔力の特性上、外見と強さが比例しない選手は何人もいるが、それでも自分の体のこととなれば余計不思議に感じるもの。最近まで強さを自覚していなかったマリアなら、なおさらだ。

爪の先まで整えられた繊手をきゅっと握りしめ、また開く。

先日の試合でティオの剣を握った時についた傷は、当然その場で瞬く間に治ったため、かすり傷ひとつ残ってはいない。

というか刃を握ったまま人ひとり投げ飛ばすなどという暴挙をしたわりに、マリアの指は切り落とされるほどの深い傷を負うことすらなかった。

それだけマリアの身体強化が強力だったのだ。


天才、という言葉を、最近マリアはよく耳にする。

なんでも自分はそのようなものらしいと、何度も言われるうちに薄々自覚はしてきたが、どうにも馴染みのない言葉だなあというのがマリアの率直な感想だ。

欲しいと一度も願わなかった才能というものは、あったところで実感が薄く、マリアは戦うたびに妙な疎外感というか、知らない間に勝手に時間が進んでしまっていたような、不思議な気分になる。

勿論神前試合に勝てたらいいなという気持ちはあるし、どうにか頑張って正々堂々、せめて情けない姿を晒すことだけは避けたいという望みもあった。

けれどこれが、国同士の威信をかけた戦いに挑む者としては、非常に消極的な意気込みだという自覚は、一応マリアにもある。

再びため息をつき、リズに紅茶のおかわりを頼もうかと思った、その時。

部屋の扉がバタンと勢いよく開き、ほぼ24時間ぶりに会うリョウが、いつものドレスにヒールのスタイルで足音を響かせてやってきた。


「あら、リョウさま。今日の訓練の連絡ですか?」


既に慣れ切っているマリアはあわてず騒がず立ち上がり、ぺこりと貴婦人の礼をとる。

リョウはそんなマリアに見慣れない服を一式ひょいと渡し、長い脚を組んで椅子に座った。


「これに着替えて出かけるわよ。リズ、手伝いをお願いできるかしら。髪は簡単なアップにしてちょうだい。飾りは無しで」

「かしこまりました」


女王付き侍女のリズはいつもの沈着冷静な顔でお辞儀をし、いつのまにか用意していた紅茶をリョウの前へ置く。

自分よりリズ相手のほうが対応が丁寧なリョウに対して、若干の納得のいかなさと、まあそりゃそうだよなという気持ちを同時に抱えながら、マリアは隣の部屋で渡された服に着替えた。

頑丈で武骨な造りのそれは、女王たるマリアが普通に暮らしていたなら一生袖を通さなかったであろう、いわゆる革鎧だった。

しかも若干くすんだ色合いで、職業は傭兵ですと言っても通じるような、質素なデザイン。

はて、いったいこれはなんだろう。マリアが頭にクエスチョンマークを浮かべて戻って来るなり、リョウは頷いて立ち上がる。


「ついて来なさい」

「あっはい」


二人が歩いていった先は、宮廷魔導士たちが仕事をしている、王宮の一角だ。

そこには同じような格好をして、トエットが既に待機していた。

マリアは横にそそくさと移動し、二人そろってリョウに指示待ちの視線を送る。女王とメイドが同じ立場で行動することに対する疑問は、当然ながらマリアにはない。

リョウが広いホールでパチンと指を鳴らすと、近くの控室にいたらしい老魔導士がしずしずとやってきて、三人に向かって深々とお辞儀をした。

この老魔導士、先々代から仕えている古株で、一度に1000km以上の超長距離の転移が使えるという、王国きっての腕利きだ。そのためマリアはいつもより丁寧にお辞儀を返す。

驚いたことにトエットだけでなく、リョウも同じように礼をした。

そういう態度も出来るのだなあという顔を隠さないマリアの耳をぎゅっと抓り、リョウはさて、と話を切り出す。


「今日の訓練は遠出をするわよ」

「あら、また無人島ですの?」


マリアの声は少し弾んでいた。巨大モンスターに襲われることには辟易するが、南の島のきれいな景色はそれなりに心癒されるものなので、殺風景な訓練場で戦うより楽しいのだ。


「違うわ。まあ行けばわかるわよ」


あっさり期待を裏切られたマリアは、とりあえずお出かけであることにかわりはないのだし、と気を取り直す。この根拠のない能天気さが彼女の健康の秘訣である。

リョウは老魔導士のほうを向いて頷き、お願いするわ、と一言告げた。

よぼよぼと頷いた老魔導士が身の丈よりも大きな杖で軽く床を突くと、王国チーム三人の足元にぐるりと魔法陣が現れ、カッと強い光を放つ。

独特の浮遊感と閃光が治まるのを待ち、マリアが目を開けると、転移先は砂岩らしい素材で作られた見慣れぬ様式の部屋だった。

色鮮やかな絨毯や壁掛け、素焼きの水瓶、木製の質素な家具などが端に積まれたその部屋は、大きさのわりに普段から使われているような形跡はなく、全体的に閑散としている。

きょろきょろと辺りを見回すマリアとトエットを放ってさっさと廊下に繋がる扉を開けたリョウは、二人が後ろからついてくるのを足音だけで確認し、歩きながら話し始めた。


「今日はこの町で開かれる闘技会に出場するわ。手続きや下見はもう済ませておいたから」

「闘技会、ですか? 神前試合ではなく?」

「ああいう上品なものではないわね。賭け試合よ」

「ええと……?」


言葉に詰まるマリアの横から、トエットが若干面倒くさそうな顔をしながら口を開く。


「選手どっちが勝つか、観客がお金を賭けて見物する試合ですよ。大抵違法だけど」

「い、違法行為なのですか!? いえ、でも、大抵と言うなら今回は」

「違法よ」

「駄目だった!」


リョウの端的な言葉に、当たり前のように法を破る流れになっていることを知り、マリアは思わず突っ込んだ。

言わずもがなのことではあるが、リョウはマリアがどれだけ狼狽えていようが気にしない。

そのまま広い館の中を、使用人らしい女性たちとすれ違いながら歩いた先。最上階の大きな扉をいつもの調子で堂々と勝手に開き、リョウは室内の執務机についていた初老の女性ににこりと微笑む。


「ごきげんよう、マダム。約束通りこの三人で出場するわ」

「本当に来るとはねえ……。まあ試合が盛り上がれば、あたしはそれで構わないけれど。ほれ、入場許可証だよ」


くすんだ金髪を美しく結い上げたマダムはそう言って、栞程度の大きさの金属板をリョウへと投げてよこした。

リョウはいつの間にやら交流し話を付けていたらしいマダムの部屋をさっさと出ると、いまだに展開について行けず目を白黒させているマリアの額に、ぴしりとデコピンをする。

ちなみに魔力で強化されているリョウのテコピンは普通に額を割る威力があるのだが、それを上回る防御力を持つマリアは、額をちょっと赤くしただけで済んでいる。といっても痛いには痛いので涙目になった。


「トエットはともかく、マリア。あなた、今更ま~~~~~~たうじうじと悩んでいるでしょう」

「すみません……」


言われたとおりだったので、マリアは素直に謝る。

そんな威厳ゼロの女王に対して、リョウは仕方ない子ねとため息をついた。


「あなたに急にハングリー精神が芽生えて、積極的に勝負に勝ちたいと希求するようになるなんて私も思っていないわ。

だからせめて、負けたくないと思うようになってほしくって」

「はあ」

「手っ取り早くそういう場を用意したの」


この時点で会話の着地点を察したトエットは、深く深くため息をついた。

よくわかっていないマリアはぽかんとマヌケ面を晒している。


「この試合、負けたら罰金を支払うか、両手足縛って肉食魚のいるプールに放り込まれる決まりなの」

「ということはつまり……?」

「私達はコイン一枚持ってきていないから、プールコースね」

「思い切りが良すぎる……!」


ドン引きしているマリアとトエットをよそに、今日も元気溌剌手段を選ばぬ女王様は、いっそ晴れやかと形容できるほど迷いない笑顔を浮かべたのだった。

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