十六夜月

秋。

木の葉が落ち始め、肌寒くなる季節。

ウチの裏山にある秘密基地。

一人向かった僕が見たのは、真っ白なお姉さんだった。


「おや、こんな夜更けに、こんばんわ」


3本の太い木の枝を梁がわりに、ビニールシートを張った屋根。

積んだタイヤを足にして、廃材を敷いたテーブルの上から。

セーラー服のお姉さんが、そう声をかけてきた。


「そ、そんなところで、何、やってるんですか?」

「何って、丁度いい舞台があったからね、今宵こそはと思ってね」

「・・・?」

「キミこそ、こんな遅くに何をしに? 子供は帰って寝る時間だぞ?」

「ぼ、僕は、昼間ここに忘れたノートを取りに」

「ノート? ・・・あぁ、ここに置いてあったヤツか」


お姉さんは前屈のように体を折ると、テーブルの足に立て掛けていたノートを拾い、僕に差し出した。


「書き取り帳か、懐かしいな。

 私はあまり得意でなかったな、このテの宿題。

 反復練習。学習効果は理解していても、どうにも肉体の奴隷になってる気分でね」

「は、はぁ・・・」

「はは、まだちょっと難しかったかな」


書き取り帳を受け取る。

ノートに落ちる僕の影をじっと見ながら、おそるおそる声を出す。


「・・・あの」

「ん?、まだ何か忘れ物があるのかい?」

「じ、実はそうなんです」

「へぇ、けど、テーブルに何か置いていたかな?」

「い、いえ、実は、その、天井の枝にひっかけちゃって・・・

 お姉さんなら取れるかなって」

「・・・何を?」

「縄跳び」


さわさわと、森の木々を風がゆらす。


「明日の、体育で使うので、ほしいんです」

「・・・はぁ、わかったよ」


そういうと、お姉さんは僕に背を向ける。


「どうであれ、キミが来た時点で今日は失敗さ」


少しノビをし、梁にくくってあった縄跳びをほどく。

長過ぎるヒモをくるりと結び、僕に手渡す。


「はい。せっかく私が取ったんだ、明日忘れたら承知しないぞ」

「へへ、ありがとうございます」


頬のひきつりを感じつつ、見覚えの無いそれを受け取る。


「・・・あの、差し出がましいようですが、

 何かあるなら相談してみてはどうですか?」

「え? ・・・あぁ、そうか。うん、そうだね。じゃあキミに相談するとしようかな」

「・・・?」

「キミは今、その忘れ物を思い出したわけだけども、それは何故だい?

 夜中の山の中、女とはいえ体格で大きく劣る相手に、何故?」

「・・・それは、宿題の書き取り帳を取りに」

「それは、半分だ。もう半分は?」

「もう、半分」


プラスチックのグリップを握る手に、意識せずとも力が入る。


「そこまでは、キミに益の多い話だ。

 だかそこからはどうだ、あまりに危険じゃないのか?

 例えば私が逆上して、キミを襲うことだって、十分ありえた話じゃないのかい?」

「・・・」

「だのにどうして、キミはその縄跳びの忘れ物に気がつけたんだい?」


真っ白なお姉さんの、真っ黒な瞳が僕を見つめる。

肺に入る空気が冷たい。


「それは、な、なんとなく、です」

「・・・はぁ?」

「なんとなく気がついたから、そうしただけで・・・深い意味は無いんです」

「・・・そうか」


がっくりと肩を落とすお姉さん。

何もないんじゃぁ対策のしようもないな、と、ひとりごちる。


「ありがとう。勉強になったよ」


ひらり。テーブルから降り、脇におかれたカバンを持つ。


「どれ、今日のところは帰ろうか。

 キミ、夜道は危ないからね、送っていくよ」

「あ、ありがとうございます。」


3歩先を行き、山を下ろうとするお姉さん。

あ、そうそう、と立ち止まり、こちらに手を差し出す。


「ところで、これは深い意味はないんだが、

 ここは山道だ、荷物を持っていては歩きづらいだろう。

 どれ、預かってあげるよ?」

「いえ、結構です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る