ネット上

「うぁ、なんやねんこれ」


森。

ファンタジーとか、そういうアニメで見たことのある巨木の群れ。

空が見えないほどに生い茂ったそれを、何故か仰向けで見ていた。


「え、なに、どゆこと?」


起き上がろうと、腹筋に力を込める、も。


ギチ。


背中に何かが張り付いているような。引き戻される力を感じる。

幸い、首は自由に動くようで、不自由ながらもあたりを見回す。


「うぁあ・・・」


白い繊維。

粘性のあるそれが、帆を張るように幹と幹の間に張っている。

そのまさに中央に、私は張り付いているようだった。


というか、まんま蜘蛛の巣だった。

さながら無防備な蝶のごとく、私は捉えられてしまっているようだった。


「てか、羽も生えてへんのに、こんなところでとっ捕まえるとか。何やねん」


それこそ、羽の生えたエルフや、木々を駆け上るケット・シーであるならばいざしらず。

木登りも縁のない都会っ子の私である。

これが、不用意に降りればケガで済まない高度に居るというのは、何なんだろう。


「あー、なんやろな、上から降ってきた・・・とかなんかな」


そうなら、空でも眺めていた方が建設的かな、と、上を向く。

その視線が、赤い瞳とかち合う。


ヒトの上半身に、蜘蛛の下半身。

アラクネーと呼ばれるであろう、そのバケモノは、静かに私を見下ろしていた。


「・・・いや、扱いに差ぁー、ありすぎやろ。

 ウチは事故った村人スタートやぞ」


「そんなこと言われてもな・・・私だってコツコツレベリングしたわけだし」


「それならそれで、スタート地点がちゃうやんか」


時は金やぞ、と。高校から見慣れすぎた顔にぶつける。


「ヒモのアンタにはわかるまい・・・生存競争って辛いのよ」


「ヒモちゃうし、フリーターやし、働いとるもん」


「まぁ、私の意識ができたのはついさっきなんだけどね」


「なんやねん」


やっぱりズルやんか。


「しかし、影から見てたけど、アンタ落ち着きすぎでしょ」


「いやいや、ジタバタしようにも八方塞がりやん」


「ま、それもそうか」


「しかし、出てきたのが知った顔で良かったわ」


「え?」


「これで普通の蜘蛛とかやったら、

 食われて早々にゲームオーバーやもんな」


「あー・・・」


ぽりぽり、と頭をかく、幼馴染アラクネー


「いや、まぁ、今もそのとおりなんだよね、それ」


は?


「え、何、はよ解いてよ」


「いや、だからさ、無理なんだよね」


頭上の気配が、一歩一歩、自分に近づいて来るのが分かる。

私の顔に影が落ちる。

蜘蛛の顎が、キチキチと音を立てる。


「なんで?なんで? 食うほど嫌いやったん?」


「いやいや、この身体、なんでかアンタを食べたくなるんだよね。

 ーーごめんね?」


「え。なん、やめーー」


蜘蛛に似合わぬ大口が、牙が、私を貫いてーー。





「あでっ」


ーーおらず。フローリングに叩きつけられていた。


「ーーあれ?」


見知ったリビング。頭上では空になったハンモックが揺れている。

時計の針は、午後三時を回ったところであった。


「おはよう、いい夢見てたみたいだね?」


今日は早上がりしたのか。

この時間にはめったに見ない幼馴染の顔がキッチンから覗く。


「いやいや。あんまちゃんと覚えてへんけど、

 アンタにえらい目に合わされそうになった気ぃするわ」


「えぇ・・・昼間から寝こけている子に言われたくないんだけど」


キッチンへ回る。


「今日は何?」


「あぁ、アンタの好きなシチューにしようかと。

 たくさん、食べるでしょ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る