陽炎

「人の話は、話半分で聞け」


屋上に上がる。

夏休みにも関わらず、成績不良なボクらは登校を強いられていた。


セミの音。グラウンドを走る運動部の掛け声。吹奏楽の音。

ゆだるようなアツさの中でも、涼しげにフェンスに背を預けているそいつは続ける。


「まぁ変なオヤジでな、まず最初にそんなことを子供に教えるヤツだった」


陽炎のようにゆらゆらと、そんなとりとめのない話を始める。


「ふーん。100%聞けというよりは、誠実だと思うけど」


やつの対面へと移動しながら、素直な意見を返してやった。


「とはいえ、右も左もわかってない小学生に言う言葉ではないだろ」


「だからこそ必要な言葉な気がするけど」


「どれだけ真面目だよ。ガキなんて1割も話を聞かない生き物だろうが」


そうかな。

まぁ、こいつはそうだろうな。


「そうなると、お父さんが言いたかったのは、もう4割ちゃんと聞け、ってことだったのかな」


「お父さんて。アレはそんな行儀のいいものじゃなかったからな、

 フツーに半分聞き飛ばしてんのが普通、っていうことだろ」


「へぇ」


座り、持ってきた弁当を広げる。

いただきます。


「そうなると、普通の定義をゆるくしてくれたってことなのかな」


「それはあるかもな。

 都合のいいバックドア、手前が間違ったこと言ったときの保険ってな」


そうなんでも不実に捉える。

打算の有無は置いておいても、そういう心持ちでいられるなら楽そうなものだけれども。


「いやいや、そんな救いめいた意図で言うなら、半分でさえも聴きすぎだろ。

 人はいつだって自分の視界でしか物を捉えられねぇんだから」


「だとすると、むしろ全て間違っている前提で話を聞くべきだ、ってこと?」


「そのとおり」


そんな無茶な。

そうであったなら、どんな話も信じるには値しなくなる。

車輪の再開発だけの人生だ。


「まぁ、だからこその半分なんだろうな。

 信頼で補正するのは半分までにしておけってこと」


「他人に重心を預けるのは半分まで、か」


「まぁ、オヤジの場合は、オレの話は聞け、ってことだったろうけどな」


親子だというのに。なんという信頼の低さ。

むしろ高いのか。


そんなとりとめのない話をしているうちに、昼食を終えてしまった。

ごちそうさまでした。


「そういえば、話を聞いた時から思ってたんだけど。

 5割聞けというその発言自体を信じる確率はいくらなんだろう」


「はぁ?」


「いや、だから事前確率があるわけじゃないか。

 もともと1割でしか聞いてないんだったら、ベイズの定理でさ」


1割を成功したときだけ、5割信じるんだから。

もっとずっと低くなるでしょ。


「あぁ、ホントお前数学意外はダメなんだな。

 風情ってもんがわかってねぇわ」


「えぇ・・・なんでdisられるのかわからないけど」


「そういうところだよ」


見計らったように、予鈴がなる。

しっしっ、と追い払うように手で払うこいつ。


「じゃあ、また今度」


そう言って、校舎へと戻る。

かちり。

屋上への扉のカギを閉めた。

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