薔薇園

「わぁ、きれいなバラですね!」


10月、秋の日が傾き始める時間。

彼女と一日、デートの締めくくりに訪れた薔薇園。


「バラって、てっきり、春だけなのかと思ってました」


「そうね、春のも多いけれど、秋にも咲くのよ。

 秋のバラは、夏、水分の少ない時期につくから、

 小ぶりだけど色が鮮やかで、香りも強いの」


「へぇ、そうなんですか。強い、たくましい」


私の反応に、ふふ、と微笑みながら、少し前をゆく彼女。


彼女との出会いは、学校だった。

中だるみの二年生、5月病な時期にやってきた教育実習生。

私たちより少し、けれど明確に大人な彼女に、わけも分からず惹かれた。


それからは、アタック、アタック。

授業で話しかけ、休み時間で話しかけ、放課後に話しかけ。

自分にこんなエネルギーがあるとは、と驚くぐらいのアタック。

念願叶って、実習の終わった7月から、交際を始められた。


「とはいえ、これで今年のバラも見納めですね」


「えぇ。でも、まだ。

 今、剪定すれば、11月ごろにも咲くこともあるわね」


園内の端、人気のないベンチに、揃って腰掛ける。

一通り見て回って、日はすっかり暮れていた。

遠くに、ライトアップされた噴水の明かりが見える。


「ねぇ、あの話の答え、ここで聞かせてくれないかしら」


いつもどおりの微笑みのまま。こちらに向く。

一番目をそらしたいものから、目がそらせなくなる。


「お別れしましょう、私達」


じくり、と心臓が痛む。


数日前にも聞かされたその台詞は、

2度目であっても、私の中身をえぐった。


どうしてですか。

留学することに決めたから。


私、いつまでも待ってます。

大切な人を、そんな辛い目に合わせられないわ。


じゃあ、追いかけますから。

私のためだけに、将来を棒に振らないで欲しい。


自分の思いはさんざんぶつけた。

そのことごとくが、受け止められて、拒絶された。

愛しているから別れてくれ、なんてそんな矛盾。ずるい。


強く、きれいな瞳を見続けるのがつらかったから。

頭を彼女の胸に預ける。

バラの香りがした。


「つらくは、ないんですか」


「辛いわ。でも、これが一番幸せだと思うの」


「さびしくは、ないんですか」


「寂しいわ。でも、もっと寂しい目に合わせずに済むの」


「くいは、ないんですか」


「悔いは。ーー。そうね、後悔は、あなたの羽ばたくところが見られないこと。

 私が留学を決められたきっかけは、あなただもの。

 いっぱい話を聞いてくれて、いっぱい背中を押してもらった。

 だから私にも、背中を押させて。羽ばたくところを見せて欲しい」


そう言って、私の頭を撫でる。

震えも、強張りもないその優しい手から。

彼女の強さと、愛情が、流れ込んでくるような気がした。


「最後に、一つだけ、お願いを聞いてくれますか」


「えぇ、何でも」


「キス、してください」


私がしばらく、前にすすめる燃料をください。


頭をなでていた手が、耳にふれる。

おでこに、ふわりと、熱が降りる。


ーー。あぁ。


「一目惚れでした。大好きです」



そのあとのことは、よく覚えていない。

家に帰り、明かりもつけず、着替えもしないまま、ベッドに倒れ込む。

ほのかな、バラの残り香。

真新しい切り口が、じくじくと痛んだ。

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