第31話 ツインタワー再び 

 ジョージィと原島は、菊池章一郎がかってニューヨーク支店長を務めていたころに、会社の顧問弁護士をしていた事務所に相談をすることとなった。その事務所には国際的な経済問題を専門とする敏腕弁護士が在籍する。かって菊池章一郎がココムに違反してロシアと違法な取引をした結果、莫大な制裁金をアメリカ政府から要求される事態に陥ったことがあった。その事件は見事に菊池章一郎の勝利となった。担当した当時の弁護士の中の一人がまだ在籍していた。


 ジョージィの求めたスコットとの離婚調停に彼は、離婚などのトラブルは専門ではないがある可能性を感じた。スコットが日米間を往復するのをどこかの国の機関と関係していると追求すれば良い。たとえ事実でなくてもそのような印象を周囲に与えるだけで良い。夫婦の間に犯罪に対する認識の違いが発生しジョージィが日本に逃げたと主張すれば離婚は成立する。敏腕弁護士は犯罪がなくても犯罪を作りだす。敵にすれば恐ろしい存在である。ただし多額の報酬を要求する。


 ロシア大使館の諜報部員は、奈津美を自分の助手として使える便利な存在と捉えていた。日本語は達者であるがロシア人の風貌だけでなく、彼自身の行動は目立ち過ぎる。

 奈津美はこれから諜報部員の手足として長く使える。手始めは原島のマンションの様子見である。

 電話は通じない。すでに解約されていた。原島を直接訪問したら何事かと訝るだろう。だが訪問の理由は奈津美が考えればいい。諜報部員の助手として働く第一歩としてちょうどいい仕事である。しかしマンションはすでに解約されていた。


 ボスロフはニューヨークの弁護士にジョージィとスコットとの離婚問題よりも、諜報部員に狙われていることを伝えた。ボスロフはこのことを弁護士に伝えるべきか迷っていた。離婚調停にマイナスとなるのではないかと思ってのことであったが、弁護士にとっては朗報であった。スコットと諜報部員が仲間であると仕立て上げることができる。

だからジョージィは逃げたのだと。敏腕弁護士にとっては片手間仕事である。

 弁護士は快諾した。そればかりか当面のアパートの用意も申し出た。

 報酬はボスロフに請求すればよい。


 ジョージィと原島は、羽田を発つ日を一週間後の金曜日と決めていた。

 別にこの日である理由はないのだが、イリーナがジョージィとの別れる日を少しでも先に延ばしたい思い、これまで引き留めていた。だがその日は必ず訪れる。


 諜報部員が次に奈津美に与えた任務は、ボスロフとイリーナの動向を調べることであった。

ジョージィと原島の二人がすでにマンションを解約していることは分かった。

 ふたりがいるのはボスロフ邸以外にない。ふたりがどこへ逃げようとしているのか検討はつく。ニューヨーク以外にない。いつ羽田を発つか。調べるのはその一点だけだ。その日はいつか


 ジョージィは母娘のお別れ前に、必ずマリアに会いに行くはずだ。

 マリア邸を訪れる前にツインタワーに寄るだろう。ふたりの思い出の場所を最後に見ておきたいと思うのが自然である。それはあの暑い金曜日の午後、ふたりはカフェのテラスで長い時間を過ごしている。奈津美はそのカフェの奥でふたりを見ていた。奈津美の感と記憶は正しかった。


 奈津美は諜報部員にふたりが金曜日に新宿西口に現れると、ベッドの中で自分の考えを伝えた。諜報部員の愛の行為は激しさを増し、奈津美の体の喜びは若干抱いていた後悔の気持ちを打ち消した。


 高揚したした気持ちと熱い体を朝のホテルのシャワーで洗い流した奈津美に諜報部員は次の質問をした。

「ツインタワーの次はどこへ行くと思う?」

「カフェのテラス席に行くと思うわ」

 諜報部員は拉致の場所をピンポイントで決めたかったのだ。ツインタワーでは広すぎて決行場所を決めにくい。人通りも多い。奈津美はやっぱり役に立つ。

 諜報部員はまた奈津美を抱き寄せた。




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