第28話 拉致計画

 諜報部員の目にはジョージィが動き出しているように感じた。なにかを起こそうとしている。それはボスロフ邸と向島との往来が多くなったところから感じた。

彼の諜報能力の高さがうかがえる。彼は推測した、次は代々木上原にいくだろう。

それはいつか。マリアの動きを見ればわかる。彼はマリアとマリアをよく訪ねる男、進藤の動きを見続けた。だがこれまでのところ進藤とスコットの接点は見つからない。


 奈津美は原島とジョージィの二人と進藤との間に、何か繋がりがあるのか疑問を抱いていたが、それを口に出して進藤に確かめる勇気がなかった。あの日、進藤が部屋に入ったあと、部屋の中に流れた緊張感は何が原因なのか、食事を断り部屋を出ていったあの二人に気分を損ねるような言動は、自分にはなかったと思う。

部下として、愛人として、言葉でそして肉体で、進藤のことをすべて知っていると思っていたが、やはりまだ自分の知らない部分がある。


 諜報部員が奈津美の店にただの客を装って訪れた。あいにく対応できる女性店員がいなかった。ここ最近、美しい男性店員を目的に訪れる女性客が多く、採用する店員は男性が多くなっていた。女性店員も欲しいが今は女性客が圧倒的に多い。

 その客には奈津美が自ら対応することとした。こんなときジョージィがいてくれたらと思いつつ。


 この客は何を求めているのか一向に明かさなかった。奈津美はこの男もお色気を求めてやってきた一人と感じたが、確かめるように質問を投げかけてみた。

「お客様はどちらで当店のことをお知りになったのですか?」

 男は以外にあっさりと「有名ですよ、並木通りの店に行けばホステスさんたちは『ねえお客さん、あの店知ってる?』って言うんだ。だから銀座通の俺が知りません』とは言えないだろ」

 普通、銀座の女性は他の店のことや客のことなど一切口にしない。他人の噂話は銀座では聞くことはまずない。銀座の女は口が堅い。これは紛れもない事実である。

各界の有力者が集うのは理由があってのことである。だから銀座なのだ。


 その銀座の女性の間で話題になっているとすれば、これは嬉しいことなのか、または逆なのか、男は付け加えた「こちらのお店の男性は女の子に人気があるからね、うらやましいよ」

 男がいった「有名ですよ」とは実際には奈津美から話を聞き出すための策略なのだが「人気がある男」とは進藤のことを言っているのは明らかだ。


 男はこれ以上は奈津美の誘いにのってこなかった。二人の腹の探り合いも結局は奈津美としては商売に繋げないとならない。

 名称を差し出し「ぜひ、またお越しください。お待ちしております」

 人材育成部長代理の名刺を見た男は、いい情報源を得たとほくそ笑んだ。


 奈津美は身内の愛人の情報を他人から得ることにためらいを感じたが、やむを得ない。

男が次に現れるのを待った。


 原島は日本を発つ準備を始めた。後に残った物の処分はボスロフとイリーナに任せ、体ひとつでアメリカに行こうと思っていたのだが、マンションの賃貸契約の解約や役所の諸手続きなど、本人がいなければできないこともある。

 それらの進行を見ながら出発日を4人で検討した。Xデーをいつとするか。


 諜報部員の目には原島の行動は、逃げる準備をしているのは明らかであった。

あまりにも簡単な素人でも見抜ける動きである。

 だが、逃げるのならジョージィ一人でいい。ジョージィ一人なら今すぐにでも日本を離れられる。何故だろう。諜報部員の思考回路で考えてみた。


 諜報部員は逆の新たな仮想をたてた。これまで原島はジョージィの計画に利用されているだけの男と思っていたのだが案外、スコット、ジョージィ、原島の3人は同じ思想で動く仲間同士ではないのか。スコットは自分の妻を提供してまで目的のために動いていたとすれば、これは単に研究のためとは言い難い。より上の組織によって動いているのではないか。諜報部員の疑いは一層深くなった。


 二人を日本から出してはならない。ふたりを拉致しなければならない。諜報部員の思考回路とは米粒ほどの疑いでも他国に武力行使するのと同じくらいの圧力で潰しにかかる。

 二人が日本を発つ日、Xデーはいつか。


 諜報部員はジョージィが代々木上原へ行く日がXデーとにらんだ。

 ジョージィも母親のマリアには、お別れする前に会うだろう。

 その日は拉致しやすい日となるはずだ。

 何故なら二人そろっている。目的の場所がはっきり分かっている。その途中には必ずチャンスがあるはずだ。その日の前に動いてもし逃げられたら探すのは難しくなる。

 これを第一案とする。諜報部員は必ず計画を3個立てる。第二、第三の計画を立てることでもしもの失敗に備える。


 奈津美にもう一度会って見よう。奈津美の愛人のあの男、進藤のことを調べたい。

 進藤のことを調べれば、もっと危険をおかさずにXデーの前に拉致できるかも知れない。ここは大都会東京だ。その東京の大勢の人がいる中で拉致を成功させるのは如何に優秀な諜報部員であっても簡単ではない。


 マリアをよく知る人物を調べることでより安全に、計画を実施できる。

 諜報部員の頭の中に第二案が見えてきた。







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