第二章「幼なじみの今更な関係」

15:男性向け漫画と少年漫画は同じようで違う

 鐘羽東高校二年一組の教室内で、漫画原作のテレビドラマが話題になった翌日。

 学校から帰宅後にPCでメールを確認すると、仕事の連絡が一件着信していた。

 毎月Web上で商業漫画を連載している出版社の、担当編集氏からだった。



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宇多見コウ様


いつも大変お世話になっております。

少年フォースONLINEの笹野です。


天宮あまみや昇子しょうこは俺にだけ厳しい』今月分の原稿をお送り頂き、誠に

ありがとうございます!

内容も確認致しましたが、不備など特にございませんでした。


お預かりした作品につきましては、少年フォースONLINEの

公式サイトにて、今月末の更新で掲載させて頂きます。

お疲れ様でした。来月分の原稿もよろしくお願いします。

次の打ち合わせに関しては、来週二三日(月曜日)に午後七時半

から、リモートで差し支えないでしょうか。


……ところで余談ですが、最新話で昇子のおっぱいが少し大きく

なってませんか? 


少年フォースONLINE編集部

笹野ささの友弘ともひろ



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「……なんでおっぱい盛ったの一発でバレてるの?」


 原稿受領の確認メールを一読した直後、反射的にひとちてしまった。


 担当編集氏の眼力が鋭すぎて、いささか動揺を禁じ得ないレベルである。

 いやまあ、無論「その眼力で自分の漫画もSNSから拾い上げてくれたのだ」と思えば、ある意味非常に心強いのだが……。



 などと業務連絡に戦慄しつつ、その日も俺は新たな原稿に取り組む。

 SNS向けショートコミックは、もう前日の夜に下描きが済んでいた。

 順調にペン入れや仕上げが進めば、今週末には公開できるだろう。


 今月は三〇~三一日の二日間で、高校の定期考査がある。

 さすがにそろそろ多少は勉強しなきゃマズいので、早めに描くべきものを描かねばならない。


 それゆえ結局、この日も深夜まで作画作業にいそしんだ。




 でもって次の日。

 学校では一、二時間目の授業を、相変わらず居眠りして過ごした。

 三、四時間目は、机の上にノートを広げ、恒例の「内職」にはげむ。


 SNS向け一次創作漫画の新作案を練り、キャラクターの設定作りに悩んでいた。

 取り分けヒロインの名前をひねり出すのは、いつも地味に苦労する。可愛いキャラ名を思い付いても、スマホで検索したら同名のセクシー女優が実在していて使えなかったりだとか、あるあるなんだよなあ……。


 ていうか試験期間が近いんだし、我ながら「真面目に授業を受けるべきなのでは?」と思ったりもする。

 するのだが、面倒事は後回しにしがちな俺である。

 追い詰められなきゃ腰が重い性分だ。



 何はともあれ午前中の授業が終了すると、昼休みは足早に学食へ向かった。

 券売機で購入した食券と引き換えにして、配膳カウンターで唐揚からあげ定食を受け取る。

 窓際の席に一人で座って食事していたら、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「――にしてもマジであの漫画、あんなに泣けると思わなかったわ!」


 すぐはたのテーブルを目だけで見ると、春海唯が四、五人の女子と共に談笑していた。

 同席している顔ぶれの中には、朱里も含まれている。今日の昼は思い掛けなく、食堂内の近い場所で昼食を取ることになったらしい。


「ホントよしのんのおすすめ、メッチャ刺さるのばっかじゃん。さすがすぎる……」


「へへっ……。何しろアタシ、毎日寝る前にチェックしまくりだからね漫画アプリ」


 春海が感嘆混じりに話すと、よしのんと呼ばれた女子が満更でもなさそうに応じる。


 ――よしのん……隣のクラスの漫研部員だったか? 


 俺は、唐揚げを咀嚼そしゃくしながら、教室で一昨日聞いた会話を思い出す。

 たしか朱里とも親交があり、中学時代からの友達だと言っていた気がするな。

 ていうか朱里と同中おなちゅうってことは、俺とも同中の出身じゃねーか。やべぇ全然知らない子なんだけど? 


 それはさておき、先日からいまだに漫画の話をしているんですか君たち……。



「漫画アプリで読めるやつ、最近はドラマ化されるのも多くていいよねー」


 春海は、調子を合わせて言った。


「ほらあれ、丁度今金曜の夜に放映されているのとか……」


「あー、鈴井すずい良介りょうすけが主演のやつでしょ? アタシもみてる」


 よしのん(本名不明)は、春海の話を引き取るように補足する。

 ただ一方で漫研部員らしく、ちょっと玄人くろうとめかして続けた。


「女子向け漫画は最近、スマホアプリで読めるやつが凄く強いんだよね。個人的に本当は少年漫画が好きなんだけど、そっちも連載追わなきゃいけないから大変でさー」


「ほほう、少年漫画ですかー。よしのん的には最近どんなの推してんの?」


「アタシが今推してるやつ? ――うーん、そうだなあ。みんなは知らないかもしれないけど、少年ジャック増刊で連載中の『漆黒のフランボウ』とか?」


「……ああ、海外の古典ミステリをアレンジした漫画だよね」


 よしのんが持ち出したタイトルに反応したのは、朱里だった。


「元々はチェスタトンの<ブラウン神父>シリーズが原作で、フランボウはその中に登場する怪盗キャラだったっけ……」


「おっ、アカリン詳しいね! そうそう、登場キャラがメチャかっこいいんだよあれ! いやー学校で『黒フラ』の話が通じたのって、アカリンで二人目だよー」


 よしのんは、軽い驚きがにじむ声で、朱里のことを持ち上げた。


 ――まあ朱里が『黒フラ』知ってるの、例によって俺が買った単行本をうちへ来たときに読んだからなんですけどねー……。


 俺は、すぐそばのテーブルで味噌汁をすすりながら、心の中で付け加えた。

 だがもちろん、朱里はそんな事情なんておくびにも出さず、やり取りを続ける。


「あ、そうなんだ。ちなみに一人目は、やっぱり漫研の子?」


「うん、四組のエミちゃん。あの子は少年漫画――というか、男性向け作品全般に詳しいタイプの女子オタだからさあ……」


「あー、ちょっと面白い子だっけ。背がちっちゃくて」


 よしのんの話を聞いて、思い出したように言ったのは春海だ。


「以前に一回、よしのんと一緒にいるところを見掛けた気がする」


「そう言えばあったね、藍ヶ崎駅前で。あの子、街中で目立つからなあ――……」


 その後も他の女子も交え、朱里は春海やよしのん(愛称)らと談笑を続けている。



 俺は、ひと足先に昼食を済ませると、テーブルを離れた。

 空の食器をトレイに乗せ、食堂内の返却口へ運ぶ。

 それから、さっさと教室に戻ることにした。午後の授業がはじまるまでは、自分の座席でのんびり居眠りするつもりだった。


 でもって五時間目以降は、また「内職」に従事せねばならない。

 真面目に授業を受けて試験勉強するのは……

 まあ、来週の月曜日辺りからでいいだろう(通常運転)。



 かくして、俺は早々に学食を出ることにしたため――

 このあと朱里が他の女子と、どんなやり取りを交わしていたかについては、日暮れ頃になるまで知るよしもなかった。

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