第四話 巨大スズメバチの強襲!


「マコトっ、しっかりと掴まってくださいなっ!」

 外部ロケット四発のうち二発が使用不能にされたにも拘わらず、ユキの優れた操縦技術によって、ポッドは針葉樹の高い繁茂へと落下して、そのままフラフラと森のはずれへと軟着陸。

 湿った土の上を数回と転がって停止をすると、マコトが素早く脱出行動に出る。

「ユキ!」

「ええ!」

 まさにネコ科のように素早く立ち上がって、ウサ耳捜査官の手を取り、一瞬でタイミングを合わせてポッドの壊れたハッチから飛び出した。

 柔らかい土を蹴って大樹の陰に隠れたら、ポッドが小さな爆発を起こす。

 二人のTバックヒップが、爆炎に照らされて艶めいた。

「危なかったね」

「まさに、危機一髪でしたわ」

 ポッドはエネルギーバッテリーが損傷したらしく、外ではなく内部が燃えている。

「使えなくなったね」

「ですわね」

 マコトが地図を立体表示しながら、コンパスで方向を確かめる。

 ユキがただで墜落させたなんて、マコトは思っていないのだ。

 予期せぬバードストライクでポッドが墜落したとはいえ、ユキだったら出来る限り、宇宙港へ近づけながら墜落してるだろう。

 ポッドは使用できないけれど、万が一の場合は宇宙港のポッドでステーションまで帰れると、係官からレクチャーを受けている二人だ。

「それにしても、ポッドの緊急シグナルが作動しないというのも、なかなかの年代物だよね」

「あのポッドはもう、お爺ちゃんですもの。致し方ありませんですわ」

 ビンテージ・ポッドの昇天に、合掌しながら涙を禁じ得ないメカヲタクである。

「まあ、とにかく早々に ここから離れよう」

「そうしなければ、マコトの恋人が 会いに来てしまいますものね♡」

 ツノゴリラが来るであろう事を言っている。

「わからないよ。ユキの恋人かもしれない」

「あら、あの子の熱い視線は、マコトのヒップへと注がれておりましたわ」

「何にしても、 追い付かれたら 厄介だからね」

 二人は、スーツのポケットに収めていたハンカチを取り出すと、現在地よりも北西側の大樹へと巻き付けて、落着地点より南東側の宇宙港へと、速足で向かった。

「ああやって、匂いを反対側に残しておけば、あの子も反対側へと向かって去ってくれる…と いいね」

「そう願いたいですわ」

 森の向こうは小高い岩山が見えていて、それを超えると宇宙港だ。


「ふぅ…やっぱり森の中って 歩き辛いね」

「本当ですわ。フワフワに柔らかい土と 無造作に露出している堅い大樹の根で、ただの一歩を踏むのにも 注意が必要ですもの」

 なるべく早く歩いて、一時間ほどが過ぎた。

 二人は大きな根っこにバックパックとお尻を降ろして、ドリンクを口にして、一息入れる。

「でもこのペースなら、宇宙港まで 三時間くらいかな」

「何事も無ければ、そのくらいですわ。さ、出発いたしま…!」

 元気に立ち上がったウサ耳少女のウサ耳が、ピクピクっと反応。

 パートナーの様子に、麻酔銃を抜いたマコトが油断なく、周囲を警戒する。

「何か いる?」

「え、えぇ…ひ、ひ、非常、に…緊急事態…ですわ…!」

 ユキの視線は、マコトの背後へと向けられている。

 危険な生物というより、ウサ耳捜査官の苦手な生き物、ゴキブリとかムカデとか、その類の生物がいるという反応だ。

 無垢なお姫様が怯えるようなその媚顔は、庇護欲を強く刺激される。

「………」

 美しく中性的な王子様がお姫様を護るように、背後へと振り向いて、絶句した。

「…っ!」

 すぐ近くで茂る大樹の幹に、ユキの苦手なハチが、蠢いている。

 ただそれだけなら、マコトも驚きはしない。

 問題は、その蜂が地球本星でも危険生物に指定されている獰猛なスズメバチに似ているというだけでなく、その体長が、二人の前腕ほどもある巨大スズメバチだったからだ。

「…だよね…?」

「…ですわ…!」

 スズメバチだよね?

 スズメバチですわ!

 という会話で確認をし合った二人は、スズメバチを興奮させないよう、少しずつ、ゆっくりと、大きな音を立てないように、バックパックを手にして後ろへと下がりつつ、距離を取る。

 二人が休憩をした大樹の上方に、大樹と同じ色の巨大な巣を見つけた。

 マコトたちが撤退を始めると、巨大スズメバチたちは羽ばたいて一匹ずつ大樹から離れ、大きくて不安を湧かせる羽音を立て始める。

 –ブブブブブブブブブブブブブブブブブブ…。

 蜂というよりも、太古のプロペラ飛行機の如き羽音だ。

 しかも、恐ろしい複眼が赤く光っているようにも見える。

 慌てず焦らず、しかしゆっくりにして最大限の速度で後ずさるも、巨大蜂たちは尚も数を増やしながら、距離を詰めてきた。

 マコトの射撃能力を以てしても、数が多すぎて、麻酔銃でも全滅は出来ない。

 そしてこのままでは、確実に接近をされて、攻撃をされてしまう。

 二人は、一か八かに掛けるしかなかった。

「…ユキ」

「…ええ」

 全力で踵を返すと、できうる限りの脚力で逃走をする。

 走り去る接近者を、巨大蜂たちが一斉に追いかけてきた。

 –ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブウウウウンっ!

「き、来ましたっ!」

「ユキっ!」

 マコトよりも遅いユキの手を取って、二人は汗を流しながら、全力で走る。

 しかし、どれほど鍛えた人間であっても、蜂の飛行速度には勝てない。

 汗だくなユキの背中へと巨大蜂が取り付いて、汗が光るマコトのヒップにも取り付かれてしまう。

「マズい、このっ–うわっ!」

 取り付かれると、前腕くらいの蜂の大きさに愕然とし、そのリアルな重さにも恐れを覚え、気絶してしまいそうになった。

 身体に掴まっている蜂へと麻酔銃を向けるも、その間にネコ耳やウサ耳など、別の肌へと取り付かれてしまう。

 やはり、一匹や二匹を眠らせる事が出来ても、それ以上に襲い掛かって来る巨大蜂の群れには、対抗しきれない。

(だ、だめだ…っ!)

(だめですわ…っ!)

 マコトもユキも、蜂に刺されての毒死を、覚悟せざるを得なかった。

「ユキ、ごめん…!」

 護れなかった悔しさを伝えると、ユキは覚悟を決めた涙で、微笑んでいた。

 そして。

「きゃああっ!」

「ぅわあっ!」

 背面に、針を刺されたような痛みではなく、何やら爪の先で挟まれたような、妙に軽い痛みが走る。

「え…ああっ!」

 マコトの視線が捉えたのは、蜂の大アゴでスーツの背中を食い破られて露出させられた、ユキの白い素肌だった。

「マコトっ!」

 驚くユキの視線を追ったら、マコトのスーツの胸が食い破られて、白い巨乳がタップんと剥き出しに。

「え、ええっ?」

 蜂たちの攻撃は、毒針で刺すものではなく、二人のスーツをモグモグと美味しそうに食べる事だった。

 スズメバチに似たこの巨大蜂は、生物の汗やフェロモン、特殊な繊維質などを主食としていて、実はお尻に針は無い。

 なので蜂たちからすれば、美味しそうな餌が目の前に現れて、しかし食べられる箇所は非常に少ないという、奇妙な餌の二人である。

「ああっ、こら!」

「ああん、イヤですわ!」

 二人のスーツはほぼ繊維なメカビキニだけど、グローブやブーツは殆ど装甲材で出来ているので、蜂たちにとってそちらは食べ物ではない。

 むしろビキニ部分は装甲材よりも柔らかい下地繊維が多いので、二人はスーツの上下を狙われて、食べられてしまう。

「あ…もう!」

「きゅうん…」

 蜂たちが退散する頃には、二人のビキニパーツだけが、完全に破壊されていた。

 ビキニはよほど美味しかったらしく、ブーツとグローブと黒い首輪だけの姿にされた二人の肌には、蜂たちの興奮分泌液であるハチミツのようなクリアオレンジの粘液が、ベットリと滴っている。

「なにさ あれ。この液体も」

「ベトベトしますわ」

 命が助かった事に安堵しながらも、二人はお互いの姿に頬を染める。

 ネコ耳のマコトとウサ耳のユキは、未知の生物たちがひしめくジャングルで、ブーツとグローブと黒い首輪でけの裸に剥かれてしまった。

 遠くから、聞いた事の無い生物たちの泣き声が聴こえる。

「…今、あの子が来たら マズいよね」

「ええ…それは 絶対ですわ」

 二人は再び、ツノゴリラから逃れる為にも、ジャングルを宇宙港へ向けて、裸のまま走り出した。


                      ~第四話 終わり~

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