炎術師と放火犯の娘
「聖戦の帰還兵?」
ラボスの報告を受け、アデルはそうなんだと頷く。
てっきり、バーレーンから王都に出てきて働いている民かと思っていた。
……と、いうことは。
「彼は魔導師団にでも所属していたのかな、爺」
そう問いかけると、ラボスはいえいえと首を横に振る。
「激戦地であった西の大陸はクラギルの大地をずっと守り続けた、勇士であったとのことです」
「へえ……。それから?」
「大隊の指揮を司り、ルベトナ帝国の貴族からも表彰されたこともあるとか。ロディマス・アントレイ。第二方面軍バーノン大隊の部隊長。まだ若い二十八歳ですな」
「そうなんだ」
意外に若かった。
見た目では三十は食っていると思っていたけれど。
いやいや、そこはどうでもい。ラボスの報告は続く。
彼は手にした書類をぺらぺらとめくっていた。
それをくれたら自分で読むのにと思いながら、姫巫女という職位の重さにアデルは辟易する。
改革が一段落したら、ここは退屈が満載の場所になりそうな予感がなんとなくしていた。
「魔王ディルムッド配下、七幹部の一人と数年にわたり互角に張り合ったとありますな。一介の部隊長にしては、異様な才覚。そして、働きぶりです」
なるほど、それであの魔法の才覚なんだと理解する。
魔王の幹部なんて見たこともあったこともないけれど、人族の魔導師よりも上手なのは間違いない。
なにせ、魔法に愛された魔族の申し子である魔王の幹部なのだから。
それと張り合ったとなれば、戴冠式の行列を左右から挟むようにして中央通りそのものにかけられた魔封じの結界も突破できるわけだ。
「もしかして、そのロディマスは王国でも有数の魔導師ってことじゃないの、爺」
「あいにくと、だったというべきでしょうかな」
「は? どういうこと? 彼は先日の件で、魔法を使っていたじゃない。あの女の子を預けたし」
「それはそうですが、所属的には魔導師ではありません」
「えーと。理解が及ばないわ。軍属を辞めたってことかしら」
とりあえず思いつく可能性を述べてみる。
魔導師は資格制だ。
国なり、国家間に渡る超法規的組織たる各神殿や、総合ギルドに所属する必要がある。
一番最後は俗に冒険者と呼ばれるし、魔族に与すればあちらの魔導師になるだろう。
総合ギルドは魔族とも連盟しているから、関係ないかもしれないが。
ラボスはちょっとした沈黙の後、どこか悲しそうな顔をしていた。
なんだろう、なにが書かれているの?
アデルは気になって、首を伸ばしてそれを覗き見ようとする。
「なにがあるの、そこに」
「……姫様、彼は退役ではないようですぞ」
「だからなに? お父様の部下たちのように、裏で悪い事でもしてるの? バーレーンの民だから?」
「いえいえ! そのような調査結果は報告されておりません。冒険者として、聖戦に参加したものの先日の猫神様の一件にて全世界で聖戦が終わった時の行動が問題だと。そう書かれております」
「行動って後は戻ってくるだけじゃないの? 聖戦は終わったのだし」
「上からの指令がなければ勝手に戦争とは終われないものですぞ」
なるほど。
どうやら裁量を越えた判断をしたということだろうか。
勝手に戦いを放棄したら、それは軍規違反になる。
「魔王軍と独断で休戦協定を結んだことにより、反逆罪を問われたようですな……」
「軍規違反ってこと? それだけの武功を挙げていながら、地位の低さといい反逆罪を問われたことといい、余程ひどい人品なのかしら」
よくある、戦いにだけ優秀な冒険者だったということだろうか。それなら、あのときの少女を止めた行為は単なる気まぐれ。
それとも故郷を同じくする父親、盗賊公爵フライへの忠誠心からの行動だったのかしら。
どれも何か違う気がする。
アデルは首を傾げた。
「いや、しかし」
「うん?」
ラボスは納得のいかない声を上げる。
書類を突き付けてきた。
「これをご覧ください。そのような無頼な者ならば、ギルドへの貢献度を汲んで情状酌量というのも何か妙な話……」
「ダメな兵士だからそうなったのじゃなくて?」
「そうなのであれば、どうやって戻ってきたのか、と。クラギルの大地をずっと守り続けた、勇士であったという報告とも一致せず。何よりあの土地は間に他の魔王軍の占領地が広がっておりますでな」
なんだかちぐはぐだ。
整っていない。
傍から見たら自分の部隊だけ安全に戻ろうとして勝手に休戦協定を結んだとも見えなくはない。
それなら彼はとんでもない反逆者だ。
でも、無法者で偉大なる違反者とも言える。
たった一幹部との約束が、他の魔王軍が占領する土地を縦断するときに通用するだろうか。
通用させたなら、それはどんなやり口だったのだろうとアデルは考える。
大きな裏取引をしたとか、王国を裏切る行為に該当したとか。
「普通、そんな独断専行をすれば死刑じゃないの」
「慣例であればそうでしょう。戻ってきた兵たちの数も半数以下。激戦だったことがうかがえますな……やはり、戦場でだけ輝く才能だったか。どちらにしても、自ら尻尾を巻いて逃げたのでは負け犬と呼ばれても仕方ない」
まあそこは戻るためにやったと考えるのが普通だろうけれど。
量刑を軽くしたのは兵士を帰還させた手腕を認められたからかもしれない。
ラボスは報告書を読み、バーレーンの民が情けないと嘆く始末だ。
「ちょっと……落ち着いて」
普段はあまり感情をあらわにしないラボスが憮然としているのを見て、アデルはどうどうと声をかける。
しかし、爺は落ち着かない。
鼻息荒く、ありえません! と憤っていた。
「この者、ランクSですぞ。冒険者の最高位にありながら情けない」
「随分、腕が立つのねー。それで聖櫃のジークフリーダとも渡り合ったのかー」
魔法の腕だけは超一流ということになる。
なんとも惜しい話だった。
だけどラボスはそれだけではなかったらしい。
書類に別の要素を発見したようだ。
最初に全部読んでから報告すればいいのに。まどろっこしいなとアデルは彼の反応を待つ。
「……我が氷の精霊王様の神官まで副官として付いていながら、同罪に問われ同じ日を以ってギルドを辞めておるとは……」
「は? 爺の部下じゃない。そんな無法させてどういう管理してるのよ。氷の精霊王様が聞いたらお泣きになるわ」
「いや、しかし。その者は……あのリジオはこのようなはずでは……」
どうやら、旧知の間柄のようだ。
「それに元大公様の騎士として城内に勤務した歴もある」
「もういいから貸して!」
まどろっこしいなと席から上半身を伸ばしてアデルは爺から書類を奪い取った。
さっとそれを抜き取られたラボスはあっ、と声を上げる。
なんだか見せたくない印象をアデルは覚えると、訝しみながら書類の最後の方を確認する。
ランクS、炎術師。煌めく炎槍? 大した二つ名だ。
戦地での表彰三回、軍規違反を問われ反逆罪で告訴……総合ギルドを引退してから間もなく盗賊ギルドに移籍している。
父親が統括する組織に彼が所属したことで、あれ? とアデルは顔をしかめた。
あの体面を重んじる父親がそんな無法者を雇うだろうか、と。
そう考えてしまう。
あり得ない。あり得ないから、これには誰かが深くかかわっているのかと邪推もする。
それは実父、盗賊公爵フライに他ならない。
「どういうことよー。それに預けたあの子も心配……」
そんな男に預けたのは自分の失態だ。
あの娘が犯されたり、売り飛ばされたりしていないかと心がざわめいた。
アデルの生来の我慢の無さを知るラボスが妙に察しよく制止の声をかけてくる。
「お出かけになることはなりませんぞ。あの娘が心配なのはわかりますがな」
バレていた。
しかし、爺はこれ以上の手は打たないだろう。
自ら赴いてあの娘を助けるとかそういったこともしないはずだ。
預かりものは失せたと思えばよろしい、とか言い出しそうだった。
「確認は致しましょう」
何を確認するのか。
確認して後の祭りだったら? そこまで正確な報告はしてこないだろう。
アデルはそう思う。
今の彼女に課せられた使命は、まず神殿の腐敗を一掃することだからだ。
ただ……最後の一文がそうさせてはくれなさそうだった。
「大火の罪人の娘って……どういうこと、爺」
「……あの行列の中に出てとき、姫様の方が近かったのでは?」
それはそうだ。あの娘は「無罪です!」とか大きな声で叫んでいた。
聞きたくなくても耳に入ってきたから、忘れようがない。
ランクS冒険者の役職は炎術師。
それが放火犯の娘を助けた? これは偶然だろうか。
彼女の命が危ないのでは?
そう思うと満足に動けない身がく悔しくて仕方がない。
我が身の自由のなさに、アデルは重く呻いていた。
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