理解しがたい届け物

「ルルーシェと申します。どうかよろしくお願いいたします、旦那様方」


 猫耳のメイドさんはとても丁寧な挨拶をして、戦場で数年間を過ごした二人を少なからず驚かせた。

 いや、これが平和な時代の当たり前なのだと、二人に改めて自覚させる。


「どうかなさいましたか、旦那様?」


 きょとんとした顔で、自分の礼儀作法に不始末があったのかとルルーシェは不安の色を顔に浮かべた。

 二人の元冒険者はぎこちない表情で、「いや、なんでもない」と笑顔を作る。

 するとメイドはほっとした顔になった。


「気にしないでくれ。俺たちはしばらく戦場にいたからあまりこういうのに慣れてないんだ」

「そうそう。特にこのロディマスなんか顔が厳つくて体がでかいもんだから。君に恐怖感を与えないといいんだけど」

「おい、リジオ」

「ごめんごめん。冗談だよ、ロディマス」


 そんな二人の掛け合いを見て、ルルーシェは安心したように微笑んだ。


「よろしくお願いいたします。それで私が面倒を見るようにと申し付けられたお嬢様はどちらにいらっしゃいますか」

「ああ……。彼女なら上に寝かせてきた。案内しよう」


 二階の店舗から上へと三人は移動する。

 その合間、最後尾からリジオはルルーシェのことを観察した。

 階段の昇り降り、身のこなしに身に就けた作法などなど……。


 パっと見たところで幾つかの疑問が浮かんだが、いまはロディマスと会話をしている二人の間に挟まる気にもなれない。

 ホテルのオーナー、ロメリアに与えられたその部屋に到着すると、少女は客間のベッドの上で静かに眠っていた。


「あの子だ。頼めるか?」

「はい、もちろんです。とは言いましても体調の容態によっては、お医者様も必要かもしれません」

「それは……大丈夫だ。多分」

「はい?」


 少女の様子を一瞥し、中央にリビングがありそこから数部屋に続く扉があるその一室で、三人は応接用のソファーに腰かけてこれからのことを話し始める。

 ルルーシェは立場が違うと固辞したが、ここでは気にしなくていいと勧めたら、形の良い金色の猫耳が困ったように頭の上で垂れてしまったが。


 最後は旦那様がそう言われるなら、と渋々頷いたのだった。

 メイドは「大丈夫だ」の意味が分からず戸惑っているようだった。

 無理もない、痩せた貧相な体格のリジオが治癒師の上位職である神官だとは想像もつかないだろうから。


「あらかたの病気や怪我はこいつが治せる。治癒師なんだ」

「そうでしたか! そうとは知らず失礼いたしました、リジオ様」

「気にしなくていい。なかなかそうは見てくれなくてね」


 リジオは苦笑しながら自分とロディマスの職位を説明する。

 もっとも、過去に手にした栄光は自分たちで捨ててしまった。

 今語れるのは簡単に、治癒師や、炎術師といった程度のものだった。


「とりあえずあの子を回復させてから、気が付いたら話を聞くべきだろうな」

「私もそれが良いと思います。寝ている間に着替えなど済ませるようにいたしましょう」

「じゃあとりあえずそれで、やってみよう。すまないがルルーシェは先に彼女の着替えを済ませてくれないかな?」

「かしこまりました」


 そう言い、メイドは席を立って少女の眠っている客間へと姿を消した。

 客間の中には湯を沸かす魔法部も浴室も据え付けられている。

 退室したルルーシェがリビングに戻るまでしばらく時間がかかるはず。

 それを見越して、リジオは何か呪文を唱えそれが発動するのは確認して口を開いた。


「さて、メイドさんにしては丁寧すぎる子だね。というよりも、盗賊ギルドの人間にしてはあまり出来が良くない」

「確かに他の従業員たちと比べてみても……普通すぎるな? お前どう思う?」


 ロディマスは怪訝そうな瞳を相棒に向けた。

 元神官は困ったような顔をして両手を広げ肩を竦める。

 ホテルのオーナーの意向がどうにも読めないからだ。


「こちらの声があちらに伝わらないように結界を張ったけど。あの獣人の種族……猫耳族といったかな? 西の大陸ならともかく、この東の大陸では随分と珍しい存在だと思う」

「俺もそう思った。だから最初は実力を隠しているのかと思ったんだが。どうもそうじゃないらしい」

「もしかしたらまともなメイドさんかもしれないね。ホテルの裏の顔を知らないそんな従業員かもしれない」

「お前が下で話をつけてきた副支配人っていうのはどうだったんだ?」


 どうだったと問われても困る。記憶の中にいる品の良い紳士は、ただ「トラブルは困る」とだけしか言わなかったからだ。

 トラブルは困るから盗賊ギルドと全く関係のない従業員をよこしたのかもしれないが、そこは判断のしようがなかった。


「うちの店の中だけで収めてくれっていう話だったよ。話すのは二回目になるけど」

「分かってるさ。あのメイドさん、店で働かせてもいいってことか」

「もしかしたらそうなのかもしれない。こちらとしては女性の従業員を新しく雇って教育を施すより余程安くつくとは思うけどね」


 ただし、とリジオは指先で輪っかを作って見せた。


「金がかかる?」

「そう。ホテルから派遣されたって形になるかもしれない。そうなると普通の従業員だとよほど高いね」

「まあ……あの少女の専属メイドとして側に付いているだけでも、俺としてはありがたい。姫様の希望になるだけ沿いたいからな」

「どちらにせよあの子の身元が分からないと。姫様の困ったものを押し付けてくれたもんだ」

「俺が好きでやったことだ。すまんな」

「……戦場の五年間で、もう慣れたよ。それよりやらなきゃいけないことがたくさんあるぞ。店のこともそうだし、何よりまず売り物の酒を用意しなきゃ」

「酒ならちょっとばかし伝手がある。そこに頼もうと思うんだ」

「ツテ? この王都にか?」


 驚きだった。

 リジオの記憶の限りでは、故郷を出て戦場に行き、ここに戻ってくる間にそんな暇はなかったはずなのだ。


「一体いつのまにそんな相手を見つけたんだ」

「いつの間に、ってことはないのさ。しばらくのに結構いい酒を酌み交わした仲だしな」

「しばらく待って? お前まさか……」


 不敵に微笑むロディマスはその通りだと頷いてみせた。

 彼の言う酒を酌み交わした仲の相手。

 それはつまるところ、二人を反逆者と追いやったあの停戦協定の主、聖櫃のジークフリーダに他ならなかった。


「そのまさかだ。どこでどうやって知ったかは知らんが。あちらから、あれ贈って寄越した」

「あれ?」


 ロディマスの指先をリジオは追いかける。

 そこにあったのは小さめの蓋を開けられた木箱と、その中に緩衝材とともに入っていた三本のワインボトルやら他の種類の酒やらがテーブルの上に置かれている。


「いつのまに……」

「お前が下に行ってる間に、な。まともじゃない方法で届けられたのさ」

「まともじゃない? どんな方法で行ってきたっていうんだよ」


 このホテルのセキュリティはそうそう甘くないはずだ。

 おまけに今日は姫巫女様の戴冠式の当日と来ている。

 そんな最中に、魔王軍の幹部がセキュリティの合間を縫って侵入するなんてことは考えにくい。

 どんな相手がそれを届けたのかさっぱり理解できないリジオに、ロディマスは意外な返事をした。


「客としてやってくるなら、ホテルは拒んだりはしないだろうな」

「あっ」


 言葉を失う元神官に、炎術師は俺も驚いたよと答えていた。

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