第21話 新記録

最初の試験は極極シンプルな物だ。

時間内に球体の重り――ボーリング程のサイズ――を運ぶだけ。

100メートルほどの距離を。


重りは何段階かあり、軽い物なら100キロほど。

重い物だと500キロになる。

サイズは全て同じで、重さに極端に差があるのは材質ではなく魔法による処理によるためだ。


単に次のテストへ進むだけなら、一番軽い物を運べばいい。

但しその場合、成績評価は確実に最低ラインを付けられてしまうが。


騎士団の合格基準は、最後の実技試験――実力の測定が一番大きい。

だが当然、それ以外のテストの結果も最終的な判断では考慮される。

主席合格したいのなら、手抜きせず全てに高い成績を残した方が有利だ。


「おおおぉぉぉぉ」


次々と受験者がテストを受けていく。

テストは2回チャンスが与えられるので、最初の1回目は100キロで様子見するのが鉄板となっていた。

取り敢えず合格ラインは通っておいて、2回目でベストを尽くすって感じだ。


……半々だな。


見た感じ、100キロを規定時間内に運べているのは半数程度だった。

持ち上げる事自体は大半が出来てはいるが、100メートル先に30秒以内で運ぶ事が難しい。


「へぇ……やるなぁ」


先程挑発して来た1団。

そのリーダーっぽい奴が、最大の500キロの球を持ち上げて100メートルを運びきる。


タイムは29秒とギリギリだったが、子供という点を考慮すれば十分過ぎる程の能力と言えるだろう。


「普通こういう所で絡んで来る様なのは、雑魚って相場が決まってるんだけどな」


まあ俺との能力差を考えると、噛ませである事に変わりはないが。


「次!214番、アドン・クリストン」


俺の番が回って来る。

当然俺が選ぶのは、一番重い500キロの重しだ。


「はっ!ばっかじゃねぇの!お前にそんなもん持てる訳ねぇだろ!」


「そうだそうだ!」


さっきの奴らが野次を飛ばして来た。

が、今は騎士団の入団試験だ。

当然そんな真似をすれば、試験管に怒られる事になる。


「そこ!静かにしないか!試験の妨害をする様なら失格にするぞ!!」


奴らは貴族――仕立ての良い身なりから推測――の子息なんだろうが、こんな状況で騒ぐ当たり、教育水準はあまり高くないと言わざる得ない。

恐らく男爵とか、子爵当たりのドラ息子って所だろう。


「黙らせてやるとするか」


俺は小声でそう呟く。


「始めます」


そう宣言して、地面に置いてある球に手を伸ばす。


試験を受けた人間は、全員重しを両手で持ち上げていた。

だが俺はそれを片手で、てっぺんから指の力だけで掴んで持ちあげてみせる。


「おお!マジか!?」


「すげぇ!」


その瞬間、周囲から歓声が上がる。

絡んできた奴らの方に視線をやると、奴らは間抜け面で口をあんぐりと開いて此方を見ていた。


みたかガキンチョ共。

これがミスリル級冒険者まで上り詰めた男のパワーだ。


俺はそのまま100メートルを軽やかな足取りで走り切り、ゴール後に、手にした重しを後ろに向かって放り投げた。

何故そんな真似をしたかと言うと、インチキを疑われない為だ。


放り投げた球は放物線を描く様に飛び、スタートラインの床に激突して激しく陥没させる。

これなら俺の重しが軽かっただなんて、ケチを付けて来る奴はいないだろう。


「結果を伺っても?」


「へ?あ、ああ。タイムは10秒……新記録だ」


「どうも。2回目はパスします」


2回目の挑戦でタイムを縮める事も出来たが、まあそこまでする必要はないだろうと判断する。


一瞬、絡んできた奴らに挑発でもしてやろうかとも思ったが、まあ止めて置く。

子供じゃあるまいし、奴らと同レベルで争うのは流石に大人げないからな。



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