第12話 目覚め

「ふぅ……やっとだな」


目を覚ました俺は、寝転んだ状態のまま片手をベッドの天蓋を掴む様に伸ばした。

細い手だ。

とは言え、それはもう一人の俺に比べての話である。


通常、何年も寝たきりだと骨と皮だけになるものだが、俺の体にはそういった病人特有のやつれは感じられない。


「やっぱ……体が繋がってる影響だよな」


毒で昏睡していた期間は5年。

普通ならあり得ない事だ。

普通に考えれば、5年もたつ前に死ぬか目覚めるかしているはず。


だが俺は毒によって昏睡し続けた。


その状態で出した俺の答えは、片方の体が生きている限り、もう片方の体も死なないという物だ。

良くゲームで、同時撃破しないと蘇るボスモンスターなどがいるだろう。

あれと同じ感じだと言えば分かりやすいか。


まあ毒で動けなかった事を考えると、死なないだけで勝手に全快復みたいな効果はないみたいだが。


「お、王子!?」


感慨深くぼーっと手を眺めていると、侍女が部屋にやって来て、俺が目覚めている事に気付く。

叫びと同時にガシャーンという音が響いたので其方に目をやると、彼女は驚いてひっくり返っていた。


まあ普通、目覚めるとは思わないだろうからな。

死ぬ程ビックリするのも当然だ。

感覚的には、幽霊に遭遇したレベルだろう。


「お、お、お、お……お目覚めになられたのですね!!」


「ああ……」


俺は慌てふためきながら起き上る侍女の言葉に、わざと声をかすれさせて返事した。


ぶっちゃけ、声は普通に出せるし、何ならベッドから飛び跳ねる様に起き上がる事だって可能だ。

身体能力は弱まるどころか、この5年で大幅に上昇しているからな。

当然、それはもう片方の体の影響だ。


「何が……あったんだ……」


俺は更に、頑張って辛そうに体を起こす――ふうを装う。

寝たきりの人間が起きて元気全開だったら、明らかにおかしいので。

弱った振り、かつ現状が分からないふりは必須である。


「アドル王子様は毒をお飲みになって、意識を失われていたのです。それで……その……」


侍女は何故俺が倒れたのかを告げるが、意識不明の期間や母親の事は言い淀んだ。


まあ俺は事情を知っているから良いけど、もし何も知らない子供が意識のない間の事を聞かされれば相当ショックだろうからな。

病み上がりの人間に対する配慮という奴だ。


「そうか……僕が毒を……」


俺は更に演技を続ける。

毒を盛られたと知って、ショックを受ける子供の演技を。


「王子様がお目覚めになられて良かったです。今すぐ、オリヴァー先生を呼んで参りますね」


そう言って侍女は、慌てて部屋を後にする。


オリヴァー・ノグル。

先生という呼称からも分る様に、侍女が呼びに行ったのは医者だ。

彼は王宮専属の医師であり、同時に高度な魔法を操る魔法使いでもあった。

その名声は高く、オリヴァーは大魔導士と世間では評されている。


「ま、医者としては微妙な気もするけどな」


優秀な魔導士として名声を得てはいるが、5年も俺を治せなかった時点で、医者としては名医とは言えないだろう。

彼がもっと優秀だったなら、5年も苦労をする事はなかったのにと、そう心の中で思わなくもない。


「ま、お蔭でエリクサーも手に入ったし良しとするか」


――俺が目を覚ます事が出来たのは、奇跡の霊薬・エリクサーの効果だった。


遥か太古の昔より、この大陸に存在する7つの大迷宮。

そのうちの一つ。

月の迷宮の最奥には、全てを癒すエリクサーと呼ばれる霊薬があると伝承が残されていた。


誰も踏破した事のない迷宮の奥に、何故そんな物があるのか分かるのか?


そう考えると、正直眉唾物だった。

だが他に手を見いだせなかった俺は、迷わずその迷宮の踏破へと挑んだ。


――そして5年近い歳月かけて、遂にそれを達成する。


そこで得たのが、奇跡の霊薬と言う訳だ。


「今後も何があるか分からないから、残りの10本は大事に使わないとな」


迷宮最奥で手に入れた数は12本。

うち一本は迷宮踏破の証としてギルドに提出し、王家によって買い上げられている。


密かにそれが俺に使われる事を期待していたのだが……残念ながらそうはならなかった。


世界にいくつもない物を使う価値などない。

それが王家の、今の俺に対する評価って事だ。


なので、俺は自分の手持ちの一本を使ってこの体を回復させている。


「おお……王子がお目覚めになられたと聞いて、このオリヴァー飛んで参りました」


少しすると、侍女がオリヴァーを連れて来た。

彼は目を覚ました俺の姿を見て、驚愕に目を見開く。

侍女に呼び出されたはいいが、きっと半信半疑だったのだろう。


まあそうだわな。

毒を飲んで5年も寝てた人間が、今更意識を取り戻す訳がない。

普通ならそう思うし。


「何とも喜ばしい事です」


「先生の……お陰です」


俺は再びかすれた声を、辛そうに吐き出す。

演技の再開だ。


しばらくはこれを続けないといけないのかと思うと少々憂鬱ではあるが、まあ頑張って演技するとしよう。


「いえ、私等は何もできておりません。アドル王子の強い生命力があってこそです」


毒で長らく昏睡していた第三王子の回復は、王宮に衝撃を走らせる事となるだろう。

そして、俺をもう死んでいた物とタカを括っていた、毒を盛り、母を殺した者も動き出す筈だ。


俺は戻って来た。

キッチリ借りは返させて貰うとしようか。

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