38.二番目の兄シャルトルゼ

 異常氾濫が収束して数日が過ぎ、首都防衛の成功が発表された。

 そして功労者に対して論功行賞ろんこうこうしょうが宮殿で行われたのだ。


聖女セイントオレンジーナ、剣士ソードマンローザ、及び重装歩兵ファランクスブルース、この三名を最大の功労者として紅綬褒章こうじゅほうしょうを与えるものとする」


 メリメッサ共和国の首都防衛に際し、誰もが認める活躍をしたのがこの三人だ。

 オレンジーナとローザに関しては誰も反対はなかったが、ブルースに関しては仲間だから、というオマケ的な要素のようだ。


 そもそも時代遅れスキル重装歩兵ファランクスに賞を与えるなど、本来ならばあり得ないのだから。

 しかし戦場で見ていた者は知っている、ブルースの何物をも弾き返す屈強さ、どれだけの数が来ても引かない胆力たんりょくを。


 片膝を付いていた三人が立ち上がると、国家代表が個別に勲章が入っている箱を係の者に渡し、係の者が三人の左胸に勲章を付けた。

 盛大な拍手と共に三人がこたえるように手を上げ、受勲の場を次の者に譲る。


 受勲式が終わり、そのままパーティーが開始されたのだが、ブルースは空気になじめずバルコニーで一人たたずんでいた。

 ちなみにオレンジーナはブルースの元に行こうとするが、繋がりを持とうとする貴族や有力者に囲まれて身動きが取れず、ローザも似た理由で囲まれて動けない。


「おいブルース」


「シャ、シャルトルゼ兄さん!? どうしてこの国に?」


 ワイズマン家の第四子三男のシャルトルゼがいた。

 薄緑の長いくせ毛で、片メガネをしている。

 目つきは鋭いというよりも冷たく、体も細くすらりと高い。


魔法使いウィザードのシャルトルゼのマントは黒地で裏側が紫、そして複数の勲章を胸に付けたスーツ姿だ。


「ジーナ姉さんを迎えに来たんだ。本来ならば戦いに参加しないはずだったが、お前のせいで直接戦闘に参加してしまったからな、帰りの護衛だ」


「そ、そうで……すか。では僕も国に戻る事にします」


 声をかけられてシャルトルゼの顔を見て以降、ブルースはずっとうつむいている。

 この兄が苦手なのだろうか。


「図に乗っているのか? お前」


「え?」


「お前が国に戻るなどとおこがましい。捨てられた分際でしぶとく生き残りおって」


「……捨てられたといっても、僕だって死にたくはありません」


 シャルトルゼは片メガネを指でクイッと上げ、ブルースの目の前まで進んで見下ろす。

 そしてブルースの首を持ち、顔を強引に上を向かせた。


「ワイズマン家の恥さらしが。お前ごときが紅綬褒章こうじゅほうしょうだと? 浮かれていられるのは今だけだという事を忘れるな」


「すみません……」


「謝る位なら受勲を辞退するべきだったな。まぁお前の相手をいつまでもするほど私は暇ではない。さっさとこの場から立ち去れ」


「……失礼します」


 ブルースはうな垂れてバルコニーから室内に戻ろうとしたが、それをシャルトルゼが止める。


「どこへ行くつもりだ」


「え? 宮殿から出ようかと……あ!」


 シャルトルゼは呪文を唱えると、前に伸ばした右手の前の空間が歪む。

 一瞬歪んだ空間が大きくなったかと思うと、ブルースを吸い込んで歪みは消えてしまった。


「ふん。父上も手ぬるい、一回の失敗で諦めるとは。私なら絶対に生き残れない場所に送る。今みたいにな」


 シャルトルゼは室内に戻り、オレンジーナの姿を探す。

 雑踏の中でオレンジーナの姿を見つけると、今まで冷たかった目が大きく開かれた。


「ジーナ姉さん!」


 知った声に呼ばれ、オレンジーナは声の主を探す。


「あらシャルじゃない。どうしたの? こんな所に」


「紅綬褒章おめでとうございます! 姉さんをお迎えに参りました。陛下へいかがお呼びですので、ともに帰りましょう」


 小走りでオレンジーナに駆け寄ると、一体誰だと思うほどの笑顔をオレンジーナに向ける。

 冷たかった口調もとても高揚している。


陛下へいかが? ふぅ、仕方がないわね。ブルー? ローザ? 一緒に帰りましょう」


「姉さん、ブルースは一人で帰りましたよ」


「え? 一体どこへ?」


 その頃ブルースは山林の上空にいた。

 シャルトルゼに転移させられた場所は、何と上空千メートルだったのだ。

 何とか体勢を整えようとしているが、こんな状況は初めてで何もできないでひたすら落下している。


「な!? なんでこんな所に!」


 体勢を整えてもどうしようもないことに気づき、重装歩兵ファランクスのフル装備で何とか落下の衝撃に耐える事にしたようだ。

 轟音と砂煙と共に地面に衝突し、そのまま木をなぎ倒しながら斜面を転がり落ちていく。


 転げ落ちた先にあったのはがけ

 すでに意識を失っているブルースは無防備に落下するしかない。


 二回目の空中に放り出され、数秒の落下ののち岩場に激突、激突、岩を破壊しながら地面に落ちた時、ブルースの手足は変な方向に曲がり、鎧からは赤い血が流れ出ていた。

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