12

 






 教諭・倉持敬の葬儀は滞りなく行われる手筈だった。

 クラスの列に交じって会場に着くなり、そのあまりに異様な空気と、参列者の多さに直季は仰天した。

 葬儀は、倉持敬の親族関係者、直季の通う学校の全生徒、職員、そして数年前まで倉持が在籍していた隣校の職員、さらには彼が担当していたクラスの生徒らが皆参列するという大規模なものだった。

 会場の隅には、明らかに部外者と思われる人間もちらほら見受けられた。一応は礼服を着ているようではあるが、一様に険しい雰囲気を醸し出し、彼ら自身それを隠そうとする様子も見られない。

 会場の中に入ると、途端に激しい喚き声が聞こえるようになった。

 全体的に騒がしい雰囲気で、激しい声のする方を見ると、直季の見たことのない制服を着た女生徒数名が、必死で会場の職員と何かを言い争っているようである。

「――――どうして?なんで、死んじゃったの?狂ってるのは、先生や私たちじゃない!私たちはどこもおかしくない!離して、離してよっ!!…」

 彼女らがそうこう喚き立てているうちに、次第に彼女たちを囲うようにして、散らばっていた職員が集まるようになった。そうして、その中に、よく知る人影が交ざっているのを直季は発見した。

 ……三黒先生…?

「どいて――離してよおぉっ!!」

 一際大きな声が響き渡った。

 驚いて、直季はしばらくその集団から目が離せなかった。

 立ち止まっていると、後ろからとんと背を押された。

「――早く行けよ。後ろが詰まってる」

「あ……う、うん」

 振り向くと、見慣れた友人の顔にぶつかった。小突かれるままに足を前に進め、少し行くと、ずらりと並べられた椅子の前までたどり着き、前に倣って腰を沈める。

「……あ、あのさ……」

 話しかけると、前を見つめたまま、坂上は唇を開いた。

「……何?」

「あ、いや……あの叫んでる女の子たち、誰だろう?知らない制服だけど…」

「…さあな。多分、隣校の生徒じゃねえの。前に倉持が在籍してた…」

「あ、そうか…。でも、何を言ってるんだろう…あんなにヒステリックに…」

「……。……さあ」

 ぴたりと女生徒の声が止んだ。

 代わりに、知らぬ男の怒声が、耳に割り込んでくるようになった。

 周囲を見渡してみると、この喧噪に執拗に耳を傾けている人間はあまりいないようである。構わずに直季は己の耳に神経を集中させた。

「――……なんですか、こんな所で。……だか、なんだか知りませんが、生徒たちに近寄るのは止めていただきたい……」

「…すぐに済ませます。少しだけ、彼女たちに話が聞きたいのですが…」

「話?いまさら、何を?そもそも、この件に関しては、二年前にすでに――」

「それがねえ。今回の件を受けて、例の記事、真実と違うんじゃないかって、そんな見解をもちましてね」

「……違う、というのは?」

「二年前に亡くなった戸田舞子さんですが、彼女は本当に虐めで亡くなったんでしょうか?」

 唾を、飲み込んでいた。

 咄嗟に隣の男に目を走らせるが、その声が聞こえているのかいないのか、将又、直季の動揺に気付いているのかいないのか、その目はただぼんやりと前の方を見つめるだけだった。

「………いまさら、我々が言うことは何もありません。当時、記者の方にすべてお話しした通りです」

「ああ。その地方新聞記者なんですが、まったくアテにならないから、またこうしてお伺いしたんですよ…」

「あてにならない?…」

「いや…ね。不可解な点が多いんですよ。今回、倉持教諭が自殺した件に関して、調べさせてもらったんですけどね。彼が以前勤めていた学校で、何が起こっていたのか」

「……何が彼を自殺に追いやったのか……ということでしたら、それは彼の遺書に――」

「〈霧の中で悪魔を見た〉……でしたっけ?〈悪魔〉って、何なんでしょうねえ。……ねえ、いい加減………町ぐるみで、一体何を隠しているんですか?」

「何度も言うようですが……私たちは、何も隠していません。そう思うのなら、外部の方――あなた方が、ただそう感じているだけのことです」

「……ふふ……。まあ、ちゃんと実証してみせますよ。あなた方の言う〈悪魔〉とはなんなのか」

「…実証……ですか?…悪魔の存在を、証明すると?」

『――――……の為、大変申し訳ありませんが、ご来場頂いた皆様、……』

 柔らかなマイクの声に、意識を戻された。続いて、キイインという耳障りなハウリング――…。

 腕を掴まれたことにぎょっとする。見上げると、席を立っていた阪上が、直季の手を引っ張っていた。

「――みんな、行っちまうぜ。一旦、会場の外で待機だってよ」

「あ…ああ……」

 気付けば、周囲に座っていた生徒たちは、ぞろぞろと会場の出口に向かって移動していた。

 動揺の治まらぬ頭で立ち上がると、担任である三黒が、出口の前で生徒を誘導しているのが見えた。

 人の波に続いて出口に近づくと、真面目な貌をした三黒と目が合った。この教師にその意識があったのかはわからない。しかし、不穏に心臓を揺す振られる。こんな顔を直季はいままで見たことがなかったような気がした。

「――………この分じゃあ、葬儀は中止だな。あいつら、手土産に朝顔なんかぶらさげて来ていやがる。…ふざけやがって」

 通り過ぎざまに、三黒がぽつりと呟く。

 ……あいつら?

 果てしない不安と疑問に苛まれながら、直季は立ち止まることなく、黙ってそこを通り過ぎた。

 激しくなる喧噪。再び背後から聞こえて来る女生徒の叫び声には、気付かぬふりをして。

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