1-9 逆しまの構図

「何だ、それでいたのか」

 ト・チョウジュの目から怪訝さが和らぐ。ホァユウは礼をし、進み出た。

「私はすべて、セキ捕吏の手柄にしてくださいと言ったのですが、それだと彼の誇りを傷つけてしまうようで、やむを得ず、足を運んで参りました」

「おお、その言い方なら、相当自信があると見える」

「うーん、どうでしょうか。手掛かりに符合する、最もありそうな絵が描けたというまでのことです」

「何でもいい。とりあえず、聞かせてくれ」

「はい。実は、別口の証人探しを捕吏にお願いして、実行しているのですが、残念ながらまだ見付からないようです。少々、証言しづらい面のある話ですので見付けるのは大変だと覚悟はしていますが」

「もったいぶらずに、その別口の証人探しとは、どのようなことでなのか言ってくれんか」

「ああ、そうでした。リィ・スーマさんに、お城の氷室で管理されている氷の量が合わない、なんて噂を話した人がいないかどうか、です。もちろん、いると思ったからこそ探しているのですが、この噂を知っておきながら役所に届けなかったとなると、ひょっとしたら罰を頂戴することになるやもと恐れて、誰も名乗り出ないんじゃないかなと想像しています」

「いや。その場合、罰を受けるのは氷室で氷の管理を担当する者であろう。正直かつ迅速に報告せねばならぬ。噂を耳にしただけではその真偽が分からぬ者にとって、届け出たあとになって噂は嘘だった、なんてことになれば目も当てられぬ。嘘の噂話を届け出て惑わせたという罪に問われかねないのだからな」

「分かってくださっている。なれば、その旨を強調するお触れを出して、証人探しを続行してください。きっと見付かります」

「分かった、手配する。して、女にその噂を知らせた者がいたとして、絵解きだか見立てだかはどうなる?」

「リィ・スーマさんは一度手入れを受けた苦い経験もあってか、とても恐ろしく感じたんじゃないでしょうか。『あの人――オウ・カジャのよこしてくれる氷が、街の有力者から盗んだ代物だとしたら。ばれたとき、それを使っていた私も罰せられる。知らないと言って通じるとは思えない。それだけあの人とは深い仲なのだから』と、こんな具合に」

 しなを作り、声も女性らしくして述べたホァユウ。ト小理官もセキ捕吏も苦笑を交えて、「見事な物真似だな」と褒めた。

「ホァユウ先生は細見で遠目には姿形も女に見えるから、ちょっとした芸になりそうだ」

「褒め言葉として受け取っておきます。ありがとうございます」

「礼を言われてもしょうがない。隠し芸よりも事件だ。付き合っている男が危ないことに手を染めているかもしれない、そう疑ったんだな、リィ・スーマは」

「だと思います。それから彼女が採った確認の手段が、ちょっと手の込んだ物だったんじゃないかと。つまり、『実は少し前から、昔別れた男が今頃になって現れて、私につきまとってきていたの。あいつは大男でけんかっ早くてね。あなたを巻き込みたくなかったから黙っていたけれども、そうしたらあいつ、調子に乗って家にまで来て。仕方なく上げたら、乱暴されそうになった。必死で抵抗したら、柱に頭を打って死んでしまったのよ』」

「女声も仕種も上手なのは、ようく分かった。だから、話の説明に力を注いでくれ」

 袖を目尻に当て、泣いている姿を表現するホァユウに、ト・チョウジュは呆れ口調で注意した。ホァユウは居住まいを正し、声を戻す。

「失礼をしました。えっと、どこまで話しましたか」

「別れた男が死んだ、まで」

 セキ・ジョンリがすかさず言う。

「そうでした。あ、もう少しの間、なりきって語った方が分かり易かったかもしれないのですが……仕方がないですね。言うまでもありませんが、別れた男云々はリィ・スーマさんの作り話。自宅で男が死んでしまった。とりあえず臭わないようにしたいから氷をいつもよりもずっと多めに調達できるかと、オウ・カジャさんに頼んでみたんだと思います。これに応じて大量の氷をすぐに持って来るようなら、まず間違いなくオウ・カジャは氷室から氷を盗んでいると判断できます」

「待った。先へ行く前に、ちょっとした疑問がわいたので答えてくれるか」

 ト小理官の挙手付き問い掛けに、ホァユウは「何なりと」と返事した。

「オウ・カジャは石工を仕事にしており、体格もがっちりしていた。あの体格なら、臭うだの氷だのの前に、俺が死体を運び出してやるよ、とでも言い出すんじゃなかろうか」

「リィ・スーマさんも同じ予測をし、だからこそ別れた男を超巨漢に設定したんでしょう」

「あ、そうか。はっきりした体重は告げずに、とにかくあんたでも運べないほどの巨体だと言えばいい訳だ」

「その通りです。では続けます。――好きな女性からの頼みを聞くべく、危険を冒す決心の着いたオウ・カジャさんは速やかに実行に移ったことでしょう。夕刻、帳が降りてくるとすぐに秘密の通路を使って氷を盗み出し、荷車に乗せて急ぎ足で愛する女性の自宅へ向かった。途中、強く降った雨もものともせずに。そうして苦労して氷を運んだ。さぞかし相手から感謝されると思いきや、待っていたのは非難の言葉だった。やっぱり盗んでいたのねとか何とか詰られ、自首するように言われたかもしれません。リィ・スーマさんは二度目の罪に問われるのを嫌って、縁切りを言い出したかもしれませんし、もしくは自分も着いて行くからと説得したかもしれない。彼と彼女のやり取りを想像するには、紛れも多くて難しいのでこの辺で切り上げるとします。ともかく口論の果てに、オウ・カジャさんは騙された、裏切られたという意識が強くて、自首するよりも目の前の女を殺して自分も死ぬ、と発作的に考えたんじゃないかと想像します」

「……ん? おかしくないか、それ」

 途中から片頬杖をついて聞いていたト・チョウジュだったが、ふっと頭を起こした。

「現場の様子は、女が男を殺したあと首を吊って自殺した、という構図だった。その上、先生の検験によると女も他殺だというから、ややこしくなったはずだが」

「はい、そのことを忘れた訳でも、言い間違えをした訳でもありません。己の犯罪は棚に上げて怒りに駆られたオウ・カジャさんは、座して頭を下げて自首を願うリィ・スーマ三の背後に回り、手近にあった縄で一気に彼女の首を締め上げた。当然、リィ・スーマさんは必死で抵抗します。左手は自らの首に掛かる縄を取り除かんとし、右手は惚れた男の腕をかきむしります」

 ホァユウの話に身振り手振りが加わった。咳払いをしてから続ける。


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