第9話 初めてのお外(貧富の格差問題)

 アリシアとシルヴァ様が屋敷に滞在するようになって5日目。


「おやしきのそとをたんさくしましょっ!」


 屋敷の中で遊ぶのに飽きたらしいアリシアがそんなことを言い出した。


「おとーさまたちだけズルいわ! あたしたちだけおるすばんなんて!」


 いま、父上と母上とシルヴァ様たちは屋敷の外……ロードランド領都ロードンの視察に出かけている。アリシアは付いて行きたがっていたのだが、スケジュールや警備の都合でお留守番を言い渡されていた。


「外を探索って俺たちだけで行くのか?」

「そうよ! ニーナもおそとであそびたいわよね?」

「うんっ! おやしきのおそといってみたい!」


 ニーナとアリシアは繋いだ手をぶんぶん振り回して、今すぐにでも駆け出して行きそうな様子だった。そんな二人を見て、俺とナルカは顔を見合わせる。


「どうしますか?」

「……言っても聞かないだろうからな」


 不機嫌になった二人を宥めるのも面倒だ。俺も屋敷の外にはほとんど出たことがないし、今まで興味もなかったがこの機会に街の様子を見て回るのもいいかもしれない。


「わかったよ、二人とも。その代わり、ばれないようこっそり抜け出そう」


 俺たちが貴族の子供だとわからないよう、地味目の服に着替えて庭に出る。ナルカとニーナもメイド服から着替えさせた。


 庭の端っこ。警備の兵たちに気づかれないよう、こっそりと鉄柵の間にできた小さな穴から抜け出す。子供の体なら余裕だ。


 けれど、さすがに12歳のナルカは通り抜けるのが難しそうだった。


「ナルカ、こっちに来られるか?」

「問題ありません」


 ナルカはそう言うと、ひょいっと跳躍して鉄柵を飛び越えて見せる。さすがは大の大人とも渡り合う天才剣士。高いステータスを存分に発揮していた。俺もやろうと思えば鉄柵を飛び越えられたかもしれないな。


「にゃるかすごーい!」

「ふんっ、なかなかやるわね!」

「ふふん」


 幼女二人から褒められて得意げな顔をするナルカだった。


 屋敷の外、ロードランド領の領都ロードンの街は予想以上に活気が溢れていた。大通りには溢れんばかりの人が行きかい、軒を連ねる露店には様々な品や料理が並んでいる。


 まるでお祭りの縁日のような賑わいだ。どうやら父上たちの視察に合わせて催し物が開催されているようだな。それにしてもこの活気は、父上の治政が上手く行っている証だろう。


 ……おかげで人に酔った。前世含め、こんなに大勢の人の中に入ったのは十年以上ぶりだ。元々人が多いところは得意じゃないし、今は子供の体なのでより圧迫感がある。眩暈までして、隣のナルカに寄りかかってしまった。


「大丈夫ですか、主様?」


「すまない、ナルカ。少し人に酔ってしまったみたいだ。少し休めばよくなると思う。それより、ニーナとアリシアがはぐれないように見てやってくれ。この人混みだから見失ったら大変だ」


「……それが、もう手遅れのようです」

「えっ!?」


 ナルカの言葉にハッとして周囲を見ると、ニーナとアリシアの姿がどこにも見当たらない。


「抜かった……!」


 慌てて探そうとしたが、この人の多さじゃ見つけるのは至難の業だ。


 ……落ち着け。俺のチートスキルがあれば大丈夫だ。


 スキル〈千里眼〉を発動。ニーナとアリシアの姿は…………居た!


 ここから北に200メートル。誰かに抱えられて、裏路地に連れて行かれている!?


「ナルカ、こっちだ!」


 俺はナルカを連れてすぐさま走り出した。まさか誘拐されるなんて。ロードンの治安はどうなっているんだ!


 大通りから裏路地に入ると賑わいが一転、そこには薄汚れた貧民街が広がっていた。掘っ立て小屋のようなものが軒を連ね、浮浪者が入り込んだ俺たちを異物を見るような目で見つめてくる。


「レイン様、ここは……」

「急ごう……!」


 どれだけ治政が上手く行っていても、格差は生まれてしまうものなのか。


 俺とナルカは全力で走り、ニーナとアリシアを誘拐した賊にはすぐに追いついた。


「動くな!」


 叫ぶと、賊は立ち止まって振り返る。


「んーっ!」

「んん! んーっ!」


 ニーナとアリシアは口に布を噛まされているが、目立った外傷もなく無事だった。だが、二人を抱える少年たちは手に刃物を持っている。


「もう追いついてきたのか!?」

「どうしよう兄ちゃん!?」

「落ち着け! 相手は子供と女だ!」


 恐らく貧民街に住んでいるのだろう、身なりの汚い少年たちだ。ナルカと同い年か、少し上くらいだろうか。手足が枝のように細く、酷く痩せている。まともな食事を取れていないのだろうか。健康状態はあまりよくなさそうだ。


「斬りますか」


 腰に据えた剣に手を伸ばして、ナルカが尋ねてくる。彼女ならば瞬く間に少年たちを斬り殺してニーナとアリシアを助け出せるだろう。……だが、出来れば血は見たくない。


「待つんだ、ナルカ。ここは俺に任せてくれ。なにか、事情がありそうだ」


 俺はナルカを下がらせて、数歩少年たちに近づく。


「落ち着いて聞いて欲しい。俺の名はレイン・ロードランド。この街の領主、カシム・ロードランドの息子だ」


「なっ……!?」


「に、にいちゃんやばいよ! レイン・ロードランドっていえば剣術の天才で騎士団長よりも強いって! ボクたち殺されちゃうよ!」


「ひ、ひよってんじゃねぇ! 領主の息子なら丁度いい! こいつらを返して欲しけりゃ金をよこせ! 10万メリーだ!」


「10万メリー……?」


 日本円に換算すれば1万円程度だぞ……? 身代金にしちゃ随分と安い。自分たちが誰を誘拐したかわかっていないのか?


 ニーナはともかく、アリシアは名門グレイス家の令嬢だ。少なく見積もっても10億メリー以上の価値はあるだろう。やはり何か、事情がありそうだ。


「10万メリーでどうするんだ?」


「か、母ちゃんの薬を買うんだ! 母ちゃん、商人の家で働いてたんだけど最近ずっと体調が悪くて仕事をクビになって! 薬を買いたくてもお金もないし、ボクたちを雇ってくれるところもなくて! 仕方がないんだ!」


「お、おい! 母さんは関係ねぇ! それより払うのか払わねぇのかどっちだよ!?」


「……なるほど、そういう事情があったのか」


 止むに止まれぬ事情というやつか。前世の日本には生活保護制度など国民の最低限の生活を保障する制度があったが、この世界はまだそこまで政治も社会も成熟していない。彼らやその母親が生きるには犯罪に手を染めるしかなかったのだろう。


「……わかった。君たちの母親の治療費は俺が何とかする。だから二人を開放してはくれないか?」


「ほ、本当だろうな……!?」

「ああ。レイン・ロードランドの……ロードランド家次期当主の名に懸けて誓おう」


「に、兄ちゃん!」

「信じるからな!」


 兄弟は俺の言葉に応えて抱えていたニーナとアリシアを開放した。二人はすぐさま俺の元へと駆け寄ってくる。


「レインさまぁ~! こわかったぁ~っ!」


 布を外してやると大粒の涙を流して抱き着いてくるニーナ。アリシアも目に涙をためてプルプルと震えているので、抱きしめてあげると大泣きし始めた。


 何とかニーナとアリシアを無事に保護できたが、これで終わりじゃない。今回の件はロードランド領が抱える大きな問題に原因がある。


 兄弟の母親の薬代を支払って終わりとは行かないだろう。それに、父上に今回の件をそのまま伝えれば兄弟が捕まって処刑されかねない。


 何かしら策を練る必要がありそうだ。

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