第5話 朝食(みんなで)

 異世界生活の朝は窓の外の木に止まった小鳥のさえずりから始まる。朝の柔らかな日差しを浴びつつ瞳を開いた僕は、すぐ隣の愛らしい寝顔を見て小さくため息を吐いた。


「また僕のベッドに入ってきたのか……」


 すー、すー……。規則正しい寝息を立て、口の端から涎を垂らすニーナ。彼女が僕のベッドに潜り込んでくるのは、もはや日常茶飯事だと言えた。


 ニーナの部屋は僕の部屋の隣、直接行き来が出来る扉で繋がった部屋に宛がわれている。専属メイドという立場上、何時如何なる時も主の呼び出しに応じるためらしい。


 ……のだけど、ニーナは呼ばなくても夜に僕の部屋に来て勝手に布団に潜り込んでしまう。半ば寝ぼけているのか、それとも一人で眠るのが怖いのか。


「まったく……」


 綺麗な水色の髪を撫でてやると、ニーナは気持ちよさそうに身じろぎをした。


 懐かれて悪い気はしない。肉体の年齢は同じだけど精神年齢は俺のほうがずっと上だから、歳の離れた妹か親戚の小さな子の面倒を見ているような感覚になる。前世ではそういった経験がなかったから、ちょっぴり新鮮だ。


 太陽の位置から考えて、そろそろ起きなければならない時間だ。この世界にはまだ時計が普及していないから、時刻は季節と太陽の位置から計算する。そして決まった時間ごとに、時報として近くの教会の鐘が鳴らされることになっている。


 少しすると、遠くから「ゴ~ン、ゴ~ン」と鐘の音が7回聞こえてきた。これが朝7時の合図。一日の始まりを示す鐘の音だ。


「おはよう、ニーナ。朝だよ」

「うにゅぅ~」


 ニーナの肩を揺らして起こす。ニーナは眠たそうに眼をこすりながら、ベッドの上にぺたんと座った。


「おあよーござましゅ、レインしゃまぁ~」


 そのままふわりと揺れてベッドにまた倒れこみそうになるので、肩を掴んで支える。そういうしている内に、部屋の扉が廊下側からコンコンとノックされた。


「……おはようございます、主様。起きてますか?」

「ああ、起きてるよ。入ってきてくれ」


 外からの呼びかけに応じると、ガチャリと鍵が開けられて扉が開く。


 部屋の中に入ってきたのは、メイド服に身を包んだ白髪の少女だ。


「おはよう、ナルカ」


 俺が声をかけると、ナルカはぺこりとお辞儀をした。


 彼女との稽古から早1か月。あれで俺のことを主だと認めてくれたナルカは、晴れて俺の身辺警護を務める護衛騎士に就任した。それからと言うもの、ナルカは俺が寝ている間以外、常に俺の傍に付き従ってくれている。


 相変わらず、クールで凛としたたたずまい。ただ、彼女がなぜメイド服を着ているのかは謎だ。聞いても教えてくれない。護衛騎士になった初日は、ちゃんと鎧を着ていたはずなんだけどな……。


「にゃるかぁ~」

「……おはよう、ニーナ」


 ナルカの姿を認めたニーナは、ベッドから降りてふらふらとした足取りでナルカの元へ抱き着きに行く。それをナルカは、わざわざ片膝をついて身を屈めて抱き留める。


 毎朝の見慣れた光景だ。ニーナとナルカの仲は良好で、俺が読書に集中したい時なんかはナルカがニーナの面倒を見てくれている。仲良きことは尊きかな。二人はそのまま連れ立って、ニーナの部屋へ入っていく。これからニーナのお着替えタイムだ。


 俺もベッドから降りて服を着替える。……あれ。どうして俺は一人で着替えて、ニーナはナルカに着替えさせて貰っているんだ……? 普通は主である俺が着替えさせてもらう立場だと思うが……まあ、いいか。


 一人でさっさと着替えを済ませ、メイド服に着替えたニーナとナルカを連れて食堂へ向かう。食堂には既に父上と母上の姿があり、使用人たちが朝食を並べてくれている所だった。


「おはようございます。父上、母上」

「おあようござますっ!」

「……おはようございます」


 俺に続いて、ニーナとナルカもお辞儀をしながら朝の挨拶をする。その様を父上と母上は微笑まし気に見つめていた。


「おはよう、レイン。ニーナとナルカも。ささっ、3人とも座りなさい。朝食にしよう。もうお腹がペコペコだ」


「まあカシムったら。レイン、ニーナちゃんとナルカちゃんも。お父さんのために早く座ってあげてね」


「はい、母上」


 両親に促され、俺たちは三人並んで椅子に座る。食卓を囲むのは父上と母上と俺、そして身の回りの世話をしてくれる使用人たちだ。


 ロードランド家ではもうずっと昔から、食事は使用人と一緒に食卓を囲んでとるという決まりになっている。俺はてっきりこの世界での貴族の常識だと思っていたのだが、本を読んでいるとどうもそうでない事がわかって父上に質問したことがある。


 父上によれば、切っ掛けは同じ料理を一緒に食べることで使用人による暗殺を防ぐためだったとか。そんな殺伐とした理由は時が経って形骸化し、今では和気あいあいとした食事の時間になっている。


「レイン、少しいいかい?」


 俺がパンを千切ってスープにつけながら食べていると、上座に座る父上が話しかけてきた。


「何でしょうか、父上?」

「来月の話になるんだが、王都から私の古い友人が来ることになってね」


「ご友人ですか」

「ああ。名をシルヴァ・グレイスと言う」


「グレイス……。それって、もしかしてグレイス侯爵家の……?」

「そうだ。よく勉強しているね、レイン」


 グレイス侯爵家は歴史書にも幾度となく登場する、リース王国史を語る上では欠かせない名門中の名門貴族だ。


「シルヴァはグレイス家現当主のゴルド様の長男、近々ゴルド様から爵位を譲られて当主になる予定にもなっている。それに合わせて我がロードランド家との結び付きを強めたいと考えているようでね、実はグレイス家との婚姻話が進んでいるんだ。今回はその顔合わせのために、シルヴァの次女のアリシア嬢も同行してくるそうだよ」


「へぇ、婚姻ですか。それはおめでたい話ですね…………って」


 ちょっと待て、誰と誰の婚姻話だ……?


 周囲を見渡すと、父上や使用人たちがこぞって額に手を当てたり頭を抱えたりしている。


 そんな中、母上は苦笑しながら俺に優しく教えてくれたのだった。


「レイン、婚姻を結ぶのはあなたよ?」


 で、ですよねー。

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