2章 10話 2mmの殺意4
数週間後
「サナ!噴水公園でも配って来たよ」
「ありがとう!」
「××街の方でも配ったけど、すごい人気で取り合いになっちゃった…」
「取り合い!?大丈夫?」
小屋の近くには化粧品開発を手伝ってくれている処刑対象だった人達が、開放された日以来で全員集まって紙の束を抱えて慌ただしくしている。
「しかしこの人、綺麗な顔してるわよね」
「本当ね。私一度会ってみたいわ」
そう彼女たちが口々に賞賛しながら、見惚れるように眺める紙の束には
赤い口紅を付けて微笑むフランの姿がデカデカと映し出されて居た。
サナはフランに正式に売り出すことになった化粧品の広告モデルを頼んだのだ。
あれからカタリナの訴えでランドリールームの人員は増やされ、高齢のブラントは監査役になり過重労働から解放された。
ユリウスも水仕事の人達にゴム製の手袋と、オリーブの油を原料にハンドクリームを作り以前より格段に手荒れを予防出来る様になった。
フランも長年の過重労働を労われ、別の部署に移る事を提案されたが
彼は断り、今も地下のランドリールームで働いている。
ただ、広告に起用された事で彼の美貌の噂は使用人達や隣国にまで伝わり
彼に会うためにランドリールームを訪れる人が増え、以前より大分明るい雰囲気になったと定期報告に行った時にブラントが感謝を述べていた。
そして化粧品の方も、正式に販売され、貿易品として隣国との交渉にも使われるようになり
国でも生産する工場を増設して、ユリウスから作り方を叩きこまれた処刑対象の仲間たちがそこの指揮を執る事になった。
当初のユリウスの目論見通り、彼等は国にとって有益な人物として扱われている。
しかしまだ困った事があるとユリウス頼みなので、以前より忙しくなりユリウスの負担は増えていて、愚痴も増えている。
売れ行きも好調で、特に口紅はフランの人気に瞬く間に売れて生産が間に合わない程だった。
ユリウスは「これ以上売れたら困るから配るな!」とチラシを配る事に反対していたが、欲しがる人が多く配らないと暴動になりそうなので反対を押し切り今日も皆で手分けして配って居る。
チラシ配りをしてくれていたミアが
「この方のポスターを化粧品を買ってくれた人へのおまけにしたらどうですか?更に売り上げが上がりそうですよ」
「もういいんだよ!これ以上は死ぬ!」
そんなユリウスの断末魔の叫びは聞こえないフリをして「それいいね!採用!」とサナは笑顔で承諾する。
「じゃあそれも含めて宣伝してくるね!」
と元気よく走り出すミアの背中を見送りながら、ユリウスはサナに
「1つ聞きたい事があるんだ」
いつになく真剣な声色にサナも身構える
「君の国では、メイクは男もしたのか?」
サナは驚き目を見開いたが、すぐに元の微笑み顔に戻ると
「いいえ、基本的に女性しかしませんでした。どうして気付いたんですか?」
「成分が女性の肌に合わせて物が多いからな。そう思っただけだ」
「私の国では女性はメイクをする事がマナーと言われていました。メイクをしたくない人でも無理矢理メイクをさせられて居ました。逆に男性はメイクをすると馬鹿にされる事もあって。私はこの国では、その偏見を生みたくなかったんです」
「今この国でメイクは女のものだと思っている人は、誰も居ないだろうな」
その言葉に返事をするかのように、秋を含んだ風が二人の頬を掠めて通り過ぎた。
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