1章 6話 蜂と羊と馬6
サナ達は最初に通された簡素な広間に案内された。今回は数分待っただけで王女が現れた。
昨日の態度からしても、王女が気の長い人物とは思えなかったので、単刀直入に本題を切り出す。
「王女は、何故顔をヴェールで隠されているのですか?」
王女はヴェール越しでも分かるほど、顔をヒクつかせ
「貴様、侮辱するためにわざわざ檻の外に出て来たのか?もういい、戻せ」
そう言い放ち去ろうとした。が、サナは更に続ける
「お顔の痣を隠されているのですか?」
「貴様いい加減にしろよ!今すぐ処刑しても構わないのだぞ!」と声を荒らげる。
サナは王女よりも更に声を高らかに
「だとしたら、もっと手軽に隠す方法があるとすれば、お役に立てるでは無いかという提案をしに来ました」
「は?」
「ヴェールでは視界も悪く、昨日の様に外れてしまうこともあります。ですが、私が育った…えっと、国にあった肌色の顔に塗るクリームと同じものをこの国でも作る事が出来れば、痣そのものを隠す事が出来るのです」
サナは化粧品、その化粧品を使う事をメイクアップ「メイク」と呼ぶことを説明した。
「お化粧品が作れれば、不自由な思いは軽減されます」
「下らないな。今まで多額の金をかけて消そうとしたんだぞ?そんなもので消せる訳がないだろう?
魔法で消すとでも言った方が、笑える分余程マシな言い訳だ」
その嘲笑う発言に、ユリウスはサナが怒り出すのではと一瞬心配したが
サナは笑顔王女の目を見据えて言い切った。
「そうです、――メイクは魔法なんです」
余りにも真剣に断言するサナに気圧され、王女も馬鹿にした態度を止めた
「何日で作れるんだ?」
この問いにはユリウスが答えた
「……早くて1年ほどです」
そう言い切るかどうかのタイミングで
はっはっはっと王女の乾いた笑いが部屋に反響する
「命乞いならもっと上手くしたらどうだ?せめて延命するためか?それともその間に逃げ出すつもりか?」
「そんな事はありません」
「何とでも言えるだろう」
王女は意地悪くニヤリと笑うと
「3ヶ月後だ。3ヶ月後に私は成人して、正式に王位に就ける。そうなれば誰の許可もなく誰をどう裁いても私の勝手になるんだ。そうなればお前達を真っ先に処刑してやろう。
それまでに、その魔法とやらを完成させてみろ」
「分かりました」
そう答えたのはユリウスの方だった。
「ただ、それだけ期限が短いと人手が必要です。私達と一緒に投獄された人達を人員として貸出しては頂けないですか?」と更に申し出をした
「ここに置いていても処刑も出来ず、ただ食事を与え続けるのも手間でしょう?ならば私達に協力させ、ダメだったらまた投獄すればいい。合理的でしょう」
王女は僅かに考える仕草をしたが
「わかった。好きにすればいい」
と素っ気なく答えた。
そして、サナ達を含め他の処刑候補者達も、あっさりと釈放された。
意味も分からず釈放された他の人達に、サナは自分達がした交渉、作ろうとしているものについて説明をした。
「じゃあ俺達はあんたらを手伝えば良いんだよな?」と元大工の初老の男性アーロンが訊ねる。
「いいえ、帰って頂いて構いません」
とユリウスが答える。
その言葉に皆呆気に取られていると更に続けて
「あれは貴方達の身の安全を守るために言っただけの事です。処刑も出来ずあのまま牢獄に居てはどんな目に遭うか分からなかったから、外に出る口実を作っただけです。どうぞご自宅に帰って下さい」
「人手は足りているのですか?」
と三人の候補に選ばれていた細身の女性ミアが尋ねる
「それは…」
とサナが口篭るが
「でも専門的な分野の事なので手伝って貰える様な事は…」とユリウスも困っている様だ。
「あのね…私は裁縫くらいしか出来ないけど、お掃除だって何だってするわ…手伝わせて貰えないかしら」とステラが言う。
「命を救って貰ったんだもの、これくらいさせて?」
「救ったと言っても3ヶ月延命させただけです…」
ユリウスはぶっきらぼうな様で、申し訳なさを滲ませた口ぶりだ。
「私はあの時殺されて居てもおかしくなかったの、もう無くなっていてもおかしくない命なら挑戦してみたいの」とステラも食い下がる。
その言葉にサナは少し考えた後
「…ステラさんは裁縫がお得意でしたよね?
なら粉を顔に付ける道具のパフを作って頂けますか?」
「えぇ勿論やらせて頂戴」ステラが身を乗り出し答える。
「出来上がった化粧品を入れるのはガラス製じゃダメか?俺はガラス職人なんだ」
痩せていて眼鏡をかけた男性が申し出ると、サナは目を輝かせ
「素晴らしいです!小瓶の様なものを作れたらもっと素晴らしいです!」
「メイク用品には色が付いたものが沢山あるので、色の監修とパッケージのデザインを絵が得意なミアさんにお願いしたいです」
とサナが言うと
「私に出来る事があるなら、やらせて貰いたいです」
とミアも小さい声で賛同した。
「後は…メイクに使うブラシとかを作りたいんですが…」
「それって動物の毛よね?ウチは畜産業だから動物は居るけど…使えるかしら?」
と牧場を経営しているヒースが遠慮がちに質問した
「勿論です!馬やヤギの毛がよく使われます」
「そもそもそれを作る場所がねぇだろ。急繕いの小屋で良かったら俺が弟子達呼んで建ててやるよ」
と大工のアーロンが提案する。
「本当ですか!建物が無ければ始まらないので凄く助かります!」
そうしている内に、全員に役職が割り振られた
「じゃあ…皆残るって事でいいかしら?」
ステラがニコニコと確認すると
「はい!宜しくお願いします」
サナはハキハキと答える
ユリウスは少し残念そうな顔をしながらも、口元は緩やかに微笑んでいる。
「……仕方ないな」
そんな覇気のない言葉を号令に
サナ達の化粧品を作る挑戦が始まった。
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