4-AI-ヤンデレブラコンな妹

タイトル[ヤンデレブラコンな妹]


吾輩は猫である。名前はまだない。

そんな吾輩は今、生まれて初めて「ごめんなさい」と言おうとしたのであるが、喉の奥で言葉がつっかえてうまく声にならなかった。

原因は分かっている。目の前に座っている人間だ。

この人間はこちらが口を開く前にいきなり土下座したのだ。そして謝ってきた。それも何度も何度も繰り返して頭を床に打ち付けている。額から血が出ているし、痛くはないのかと思うのだが、どうやらこの人間は痛みを感じていないようだ。

それよりも気になる事がある。

「頼む! 俺の家族を助けてくれ!」

この人間はそう言った。家族を助ける? この人間が? どういう事なのか分からなくて首を傾げる。するとこの人間はさらに頭を下げながら事情を話し始めた。

「実は俺は勇者なんだ」

ほう。勇者か。それはすごいな。……いや待てよ? 勇者って何だっけ? ああそうだ、確か魔王を倒す為に召喚された人間の事をそう呼ぶんだったかな。

ん? つまりこの人間は魔王を倒しに行く途中で何かがあって仲間とはぐれてしまったという事だろうか? それで助けを求める為に来たというわけか。でもおかしいな。さっきこの人間は自分で自分は勇者だと言わなかったか? という事はつまり……。

まあ良いか。とりあえず話を聞いてみよう。

その人間の話はこうだ。

まずこの世界には魔王と呼ばれる存在がいるらしい。魔王はこの世界の生き物を魔物に変えてしまう力を持っているそうだ。

当然普通の人間は魔物に対抗する術を持っていないから魔物に襲われたらひとたまりもない。

だからこの人間も旅の途中であった仲間達と一緒に魔王を倒したかったそうだ。だが魔王はとても強く、倒す事が出来なかったのだという。そこで魔王の力を抑える事ができると言われている『魔封石』を探しに行ったらしい。

魔封石というのはその名の通り、魔力を抑え込む力を持つ不思議な石を加工して作るもので、これを使えばどんなに強い魔法を使っても街を破壊する心配は無いのだという。

この話を聞いた時、やっぱりと思った。だってその人間が着ていた服は明らかにこの国の物ではなかったからだ。しかもただの旅人にしては妙に立派な馬車に乗っている。明らかに身分の高い者だろう。

しかし困った事になったぞ。まさか勇者とは思わなかった。これは絶対に怒られる。下手したら殺されるかもしれない。だけどここで見捨てる事はできない。

仕方がない。覚悟を決めてもう一度「ごめんなさい」と言ってみる事にしよう。

私はそっと息を吸い込んで覚悟を決めた。そして喉の奥にある言葉を吐き出そうとしたその時――。

「お待ちください、陛下!!」

突然扉が開かれて誰かが入ってきた。驚いた私は思わずその場に飛び上がる。

現れた人物を見てまた驚いてしまった。なぜならそこにいたのは金色の髪をした美しい男だったからだ。

男は私の姿を見ると目を見開いて固まってしまった。そりゃ驚くよね。まさかこんな所に猫が居るなんて思いもしないだろうし。それにしても綺麗な人だなぁ。まるで絵本に出てくる王子様みたい。

私がそんな風に男の顔に見惚れていると、男がハッとしたように我に返った。そして慌てて膝をつく。

「へ、陛下!?」

え? 陛下?……陛下!? まさかさっきの男の人は王様だというの!? 嘘でしょう!! あの人が!? いや、確かに見た目は凄く格好いいけど……でもなんかイメージが違う。もっと怖い感じだと思ってたのに全然違うじゃない! っていうか……ちょっと待って。このタイミングで来るとか……絶対ヤバい奴だよ。

「……お前は何をしている?」

ほらね。怒ってるじゃないか。きっとこのままじゃ殺されちゃうんだわ。せっかく拾ってもらおう思ったのに……残念。でも最後に良いものが見られたから良しとするかな。

「申し訳ありません。ですがどうしても連れていってくれと頼まれまして……」

「誰に頼まれた? ……やはり貴様なのか」

「いえ違います。彼女は自分からついてきました」

金髪の男の言葉を否定したのは先ほどまで土下座していた人間だった。顔を上げて真っ直ぐこちらを見る目は真剣そのもの。必死さが伝わってくる。どうやら彼は本気で助けて欲しいと思っているようだ。

「何故だ? 見たところまだ子供ではないか」

「はい。ですが彼女しか頼れる者がいないのです」

「……詳しく話を聞こう」

良かった。どうやら助かりそうだ。

二人の会話が終わったあと、私は改めて二人の前に座り直した。最初に口を開いたのは金髪の男の方だ。

「まず確認したいのだが……君は獣人だな?」

「はい。よく分かりましたね」

私の返事を聞いた瞬間、二人は少しだけ表情を変えた。一体どうしたんだろうか? まあいいか。それよりもまずは自己紹介をしなくっちゃ。

「初めまして。私はルリと言います。このたびは私のような者を救っていただきありがとうございます。本当に感謝しています」

本当はもう少し丁寧に挨拶をするつもりだったけれど、緊張してしまったせいか上手くできなかった。こういう時に人間の言葉って不便だと思う。

「……言葉遣いを間違えてるぞ」

あ……やってしまった。ついいつも通りの口調が出てしまった。

「すまない。そういうつもりではないのだ。どうか気にしないでくれ」

金髪の男が困ったような顔をする。何だかこっちの方が悪い事をしている気分になってくるんだけど……。

「失礼しました。それでは改めまして。今回は助けていただいて本当にありがとうございました。正直もう駄目だと思い諦めていました。貴方のおかげで命拾いをする事ができました。感謝します」

そう言って頭を下げる。すると二人ともとても優しい笑みを浮かべてくれた。よかった。やっとちゃんとお礼を言う事ができたよ。安心したら急に眠たくなってきたかも。さすがに疲れちゃったな。

「それで、君の名前はなんというのですか?」

「名前?」

「はい。これから一緒に旅をするのに名前が分からないと色々と不便でしょう?」

ああ、そうだね。それもそうだ。

「そういえば名乗っていなかったな。俺はルーガ・アルディカ。今年で二十歳を迎える。職業は騎士だ」

「私はユーフェニア=レイオードといいます。年齢は十八歳で、こちらは陛下と呼ばれていますが実の兄になります」

兄……お兄さん!? この二人が!? 兄弟なのにあまり似ていない気がするのは気のせいだろうか。むしろ性格の違いが出ているように思える。「私は弟と違って無愛想なのでしょう。だから陛下には怖がられてしまっています」

そうなんですか? 全然そんな風には見えないんですけど……。もしかしたらその方が本当の姿なのかもしれないね。

「それより陛下ってどういうことですか?」

「ああ、それはですね―――」

そこから話された内容は衝撃的なものばかりだった。

そもそもこの国には国王が存在していなかったらしい。その理由は後継者争いを避けるためだとか。ちなみにこの国はヴァーム帝国といって、この大陸で一番大きな国家なのだとか。

次に説明されたのは勇者召喚についてだ。なんでも異世界から勇者を呼び出す事ができるらしく、昔は頻繁に行われていたみたいだけど今は儀式を行う人も居なくなってしまったため、今では数年に一度しか行われなくなったということだった。

そして最後に聞いた話は最も驚くべきものだった。

ルーガさんの本名はルーガ=アルバドールと言って、帝国の第一皇子なんだとか。

しかも現皇帝の弟の息子ということになる。つまり次期皇帝候補の一人だということだ。

こんな立派な人にどうしてあんな態度を取っていたのか分からなかったけど、理由を聞いて納得した。

私が今まで見た人間の男性は皆横柄な態度を取っていて、ルーガさんのように礼儀正しい態度を取る人は一人もいなかったからだった。

確かに考えてみれば当たり前の話である。いくら身分が高いとはいえ、相手はまだ子供だというのに怒鳴り散らして言うことを聞かせようとするなんて普通あり得ないことだもん。

それにしてもまさかあの人が皇子様だったとは……。でも待って。ということはこの国の王様ってやっぱり……。

「ところで君はどこから来たんだ?」

突然聞かれたことに対して驚いてしまった。思わずビクッと体が震える。

いけない。また失敗するところだった。せっかく助けてもらったのに変な子だって思われたくないものね。ここは素直に答えようっと。

「えーと……実は記憶がないんです……」

言った! 言えた!! やったよ!!! 頑張ったね私!! 内心ガッツポーズをしていると、二人の顔色がみるみると青くなっていった。

あれ?何かおかしなことでも言ったかな? いや……でも大丈夫だよね? うん。多分平気……だよね?

「……本当なのか?」

「はい……全部覚えているわけではありませんが、自分が何者かは知っています」

「そうなのか……辛いだろうが、教えてくれるとありがたいのだが」

「もちろん構いませんよ」

それから私は自分の素性を全て話すことにした。

物心がついた時には両親と呼べる存在がいなかったこと。森の中にある小さな集落で暮らしてきたこと。そこでは誰も彼もが優しくしてくれたこと。

毎日楽しくて幸せだったこと。

ある日集落に訪れた商人の男性に見初められ、連れていかれた先で売られそうになったところを逃げ出して来たこと。

その途中で魔獣に襲われてしまい、どうにか逃げ切ったものの力尽きて倒れていたこと。そしてそこで彼らに助けられるまでの経緯を話し終えたあと、私はゆっくりと息を吐いた。

「そういうことだったのか。つらい過去があったのだな」

「辛かったですね……よく頑張りましたね」

「あ……うぅっ……ぐすっ」

気が付くと私の目からは涙が流れ落ちていた。悲しくないはずなのに勝手に出てくるんだよ。なんでだろ……わかんないよ……。

「落ち着いてください。ここにはあなたを傷つけるものなど何もありませんから」

そう言って抱き寄せてくれた。温かかった。まるでお母さんの抱擁を受けているようで安心できた。

「落ち着いたか?」

しばらくして泣き止むことができた後、ルーガさんに声を掛けられた。

私は恥ずかしさもあって小さくコクンとうなずき返す。

「そうか、なら早速だが今後のことについて話をしようと思う。まず最初に確認したいことがある。君の故郷はここよりも遠い場所になるのか?」

「いえ、そこまで遠くはないと思います」

何故そんな質問をするのかわからなくて首を傾げてしまう。

「ここから一番近い町までの距離を知りたかったのです。場合によっては別の街に向かう必要が出てくるかもしれませんので」

ああ、なるほどね。それくらいならすぐに分かるよ。

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