新婚旅行――5

 一時間後。旅館に到着した俺は、その豪勢ごうせいさに圧倒されていた。


 立派な庭園を持つ木造建築。歴史を感じさせるどっしりとしたたたずまい。なんでも創業は明治時代らしく、ミシュランで5つ星を獲得したとか。


「……高校生の俺たちだけで泊まっていいのか?」

「いいんですよ。わたしたちはお客さんなんですから」


「行きましょう」と、気圧けおされている俺の手を玲那が引く。流石さすがは『深窓の令嬢』、きもわっている。頼もしい限りだ。


 入り口にあった門をくぐりエントランスに向かう。


 チン、とベルを鳴らすと、奥から女将がやってきて丁寧ていねいに頭を下げた。


「ようこそお越しくださいました。ご予約はされていますか」

「はい。予約していた相原です」

「相原様ですね。うかがっております。お部屋に案内致しますのでどうぞ」


 緊張しながら受け答えすると、女将はもう一度お辞儀じぎして、ふたり分のスリッパを用意してくれた。


 女将に案内されて廊下を歩く。廊下には見るからに高そうなつぼや、水墨画すいぼくがが飾られていた。ここにいるのが場違いに思えて仕方がない。豪華すぎて気後きおくれしてしまう。


 居心地の悪さに唇をムニャムニャさせていると、女将が振り返り、尋ねてきた。


「お二方はご兄妹ですか?」

「は――」

「いえ。わたしたちは夫婦です」


 俺が「はい」と口にするより早く、玲那がたおやかな笑みとともに答える。


 おい! 言っちゃうのかよ! いや、事実なんだけど、家族以外に打ち明けるのって躊躇ためらわないか!? よく恥ずかしげもなく言えるな!


 俺がギョッとするなか、玲那は涼しげな顔をしていた。驚異的な胆力たんりょくだ。ただの色ボケと言えなくもないが。


 女将が「まあ!」と目を丸くする。


随分ずいぶんとお若いご夫婦ですね!」

「『少子化対策法』が施行しこうされた日に婚約したんです。わたしは彼に惚れ込んでいましたので」

「あらあら! おねつですね!」

「今回は新婚旅行に来たんですよ」

「それはおめでたいことです! 僭越せんえつながら、わたくしどもも全力でおもてなしさせていただきますね」


「うふふ」と上品に微笑んで、女将が再び前を向く。心なしか、先ほどより後ろ姿が上機嫌そうに映った。


 微笑ましく思われているようで照れくさい。頬が熱を帯びるのを感じながら、俺は玲那にこっそり尋ねた。


(なあ、玲那。俺たちが夫婦だって明かす必要あったか?)

(明かすもなにも事実じゃないですか。むしろ、隠す必要がありますか?)

(それはもっともなんだけどさ……)


 口ごもる俺に、「それに」と、玲那が微笑みながら付け足す。


(夫婦と伝えておいたほうが堂々とイチャイチャできるでしょう? 新婚旅行ですから、たっぷりイチャつきたいんです)

(~~~~~~っ!)


 玲那の言葉と笑顔に胸がキューッとうずいた。


 そんな可愛いこと言われたら文句つけられないだろ!!


 なにも言えず、俺は赤くなっているだろう顔を隠すためにそっぽを向く。


 玲那が「ふふっ」と笑みをこぼし、俺の手を取ってきた。


(いっぱいイチャイチャしましょうね、『涼太さん』)


 スルリと恋人繋ぎをしながらの名前呼び。俺の鼓動がますます速くなる。


 ホント、俺は玲那に振り回されっぱなしだなあ……。


 溜息をつきながらも、俺は玲那の手を握り返した。


 玲那の手を振りほどくつもりなんて毛頭もうとうない。本心では俺も嬉しいのだから。

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