プロポーズは突然に――2

 追い詰められた! 逃げ道! 逃げ道はないか!?


 頭を抱え、なんとか切り抜けられないか、必死に考えをめぐらせる。


 そのとき、気づいた。


 玲那の両手が震えていることに。


 ルームウェアの裾がギュッと握られ、しわができていることに。


 そうか。そうじゃないか。当たり前じゃないか。


 古今東西、『愛の告白』は人間関係を一変させる。


 プロポーズであるならなおさらだ。俺と玲那の関係はがらりと変わる。変わらざるを得ない。


 結果がどうなろうと、俺は玲那を異性として意識することになる。そうなれば、ただの兄妹には戻れない。


 同じ家で暮らす以上、俺と玲那が離れることはできないし、下手をすれば、関係性の悪化が家庭崩壊に繋がる恐れもある。


 父さんと母さんもはじめは反対しただろう。だが、それでも玲那は諦めなかった。説得したんだ。俺と結婚するために。


 そしていま、拒絶される恐怖と戦い、玲那は俺の答えを待っている。不安で仕方ないはずなのに、笑顔を浮かべて待っている。


 そうか。そうじゃないか。当たり前じゃないか。


 いくらぶっ飛んでいようと、常識からズレていようと、玲那が不安なのは当たり前じゃないか!


 それなのに玲那はプロポーズしてくれた。俺に想いを伝えてくれた。不安と恐怖と緊張を乗り越え、あらん限りの勇気をもって告白してくれた。


 なら、俺はいいのか? 玲那の想いから逃げていいのか? それは誠実と言えるのか?


 いつまでもいいのか?


 いいわけねぇだろ!! 本音で答えるのが誠意だろうが! それが、勇気を振り絞った玲那に対するせめてもの礼儀れいぎだろうが!!


 だから、答える。腹をくくって答える。


「…………悪い」

「――――っ!!」


 玲那の顔がクシャリとゆがんだ。


 痛みに耐えるように玲那がうつむく。両手の震えが大きくなり、ルームウェアにできた皺が一層広がる。


 俺はそんな玲那の手をとった。


 玲那がハッと顔を上げる。


 うるんだ瞳を見つめ、緊張からか冷たくなった手を包み込む。


「悪い……こういうのは、男の俺から言うものだよな」

「お兄……ちゃん?」


 鼓動がうるさい。手汗がにじむ。喉はカラカラだ。


 それでも告げる。玲那の勇気と想いに応えるため。




「俺も好きだ。結婚してほしい」




 とっくの昔に落とされていたんだ。


 こんな美人に懐かれ、尽くされ、甘えられ、「あなたが大好きです」と言わんばかりのスキンシップを繰り返されたら、仕方ないじゃないか。


 どうしようもないほど玲那に惚れても、仕方ないじゃないか。


 玲那の瞳から涙がこぼれ、頬を伝う。


「……本当、ですか?」

「……こんなこと、嘘で言えるはずないだろ」


 あまりの照れくささに、熱くなった顔を背ける。


 漆黒の目が見開かれ、悲痛そうに歪んでいた顔が笑みに変わり――


「お兄ちゃん!!」

「おわぁっ!?」


 玲那が俺の胸に飛び込んできた。大好きな女の子に抱きつかれ、心拍数と体温が急上昇する。


 酸素を求める金魚みたいに口をパクパクさせる俺を玲那が見上げ、いままでで一番の笑みを浮かべる。


「もう離しませんよ? なにがなんでも幸せにしてあげますから」

「……それも、男の俺のセリフだと思うけどな」


 好意を伝えるためにスキンシップを繰り返し、両親を説得し、非常識なプロポーズをしたうえに、『なにがなんでも幸せにする』?


 敵わないなあ……はじめから、俺は玲那と結婚するほかになかったわけだ。玲那におぼれるほかになかったわけだ。


 清々すがすがしい敗北感を味わいながら、俺は玲那の背中に腕を回した。


「青春ねえ……こっちが恥ずかしくなっちゃうわ」

「ふたりともおめでとう。我がことのように嬉しいよ」


 父さんと母さんが、抱き合う俺たちを祝福し――




「じゃあ、あたしたちは引っ越しの準備をはじめましょうか、清司さん」

「ああ。夫婦仲でふたりに負けていられないからね」

「ちょっと待った」




 聞き捨てならない発言をした。


 なにを言ってるんだ、父さんと母さんは? 玲那のプロポーズだけでも驚きなのに、引っ越しの準備だって? それも、『あたしたちは』? ふたりだけでってこと?


「と、父さんと母さん、うちを出てくのか?」

「新婚さんにとって、あたしたちはお邪魔虫じゃまむしでしょう?」

「私たちは私たちで、改めて愛をはぐくみたいんだよ」


「「ねー?」」と父さんと母さんが見つめ合う。


 父さんと母さんは、俺と玲那の新婚生活を邪魔しないように引っ越して、ついでに(というか多分こっちが本命)自分たちの夫婦生活を満喫まんきつするつもりらしい。


 こ、この仲良し夫婦め! いまだに一緒に風呂に入るだけあって、とんでもないこと思いつくな!


「玲那、涼太を任せたよ?」

「ガンガン行くのよ、玲那ちゃん。遠慮えんりょはいらないわ。お母さんが許します」

「わかりました! お父さん! お母さん!」

「物わかりがよすぎる! さてはお前の入れ知恵だな、玲那!!」


 急に知らされたにも関わらず、玲那は平然と受け入れていた。そこから考えるに、引っ越しのアイデアを出したのは玲那なんだろう。


 もしかしたら、父さんと母さんのラブラブ具合を計算に入れて、説得材料として提案したのかもしれない。「ふたりっきりの結婚生活を堪能たんのうするチャンスですよ? わたしとお兄ちゃんの結婚を口実にすればできますよ?」みたいに。


 頬を引きつらせる俺に、改めて玲那が、天使のような笑顔を向けた。


「いままで我慢してきた分もふくめて、いっぱいいっぱいい~~~~っぱいイチャイチャしましょうね、お兄ちゃん!」

「あれで我慢してたのかよ!?」


 どうやら俺は、とんでもない相手と結婚してしまったらしい。


 まあ、ちっとも悔いはないんだけどな。

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