第3話 「倭寇」さもありなん

「まず、次期作戦についての説明を開始する前に、彼我の航空戦力について整理しておきたい。航空参謀説明を頼む」


 連合艦隊司令長官の山本五十六大将は自分が持ち込んだ作戦の概要を司令部の面々に開陳する前に、航空参謀の源田実大佐に戦力の説明を求めた。


 源田は1934年の「源田サーカス」で一躍名をはせた人物であり、空母「龍驤」の分隊長を務めた経験などが買われてGF司令部に招かれたという経緯があった。


 源田が口を開き、説明を始めた。


「まず、珊瑚海海戦で軽空母の『祥鳳』が沈没し、『翔鶴』は損傷により、『瑞鶴』は艦載機の不足によりしばらく使う事ができません。あと、3月に座礁事故を起こした『加賀』もまだドックに入っています。なので我が軍が次期作戦で使える空母は練習空母の『鳳翔』を除くと6隻という計算になります」


 そう言った源田はテーブルに編成表を滑らした。


日本海軍使用可能空母(1942年5月17日現在)

第1航空戦隊「赤城」「瑞鳳」

第2航空戦隊「蒼龍」「飛龍」

第4航空戦隊「隼鷹」「龍驤」


「以上の6空母の搭載機数は常用291機、補用33機となります。開戦時の1航艦の戦力には少々見劣りしますがかなりの戦力ではあります」


「それに対して1942年の6月に出現が予想される米空母は最大でも4隻です」


 源田の説明が終わり、参謀長の伊藤整一少将が少しだけ補足を加えた。


「源田大佐の言うとおり出現が予想される米空母の隻数は最大で4隻です。しかし、米空母は我が軍の空母よりも搭載機数が2割程度多いという特徴があるため、実質的な戦力比はほぼ同等だと予想されます」


「なるほどよく分かった。参謀長に聞きたいのだが、米軍がこの時期に積極攻勢に出る可能性はあると思うかね?」


「・・・いや、ありませんね。珊瑚海でレキシントン級が1隻沈没していることを考慮すると尚更です」


 山本の質問に対して伊藤は少し考えてから考えを述べた。


「なら、米空母をおびき出して撃滅するためには我が軍の方から動くしかないという訳だ」


「山本長官のお考えに賛成です。かの国の生産能力が完全に本領を発揮する前にせめて今存在している米空母は全て撃沈する必要があります」


 源田が即座に賛意を示した。「航空戦力は攻勢に使ってこそ真髄を発揮する」ということを常日頃から主張している源田も山本と同じ事を考えていたのだろう。


「しかし、攻撃目標はどこに定めるのですか? 5月に攻略に失敗したポートモレスビーは連合国の手によって防御ががっちりと固められているはずですが」


 政務参謀の大石保大佐が山本に対して疑問を呈した。


「フィジーとサモアだよ。にはな」


 そう言った山本は、テーブルの上に南太平洋の島々が記されている地図を勢いよく広げた。


 ポートモレスビーが存在しているニューギニア島やビスマルク諸島、更にその先のソロモン諸島やフィジー諸島などが記されている横に長い地図だった。


 一斉に地図に視線を移した参謀長達を尻目に山本は説明を続けた。


「ご覧の通りフィジー、サモアは米国と豪州を繋ぐ要衝に位置している島々であり、その重要度はポートモレスビーに勝るとも劣らない。この2島を攻略することが叶えば豪州を戦争から脱落させることができるかもしれぬ」


「はじめに聞いておきますが、もし米空母部隊との海戦に打ち勝ち、我が軍がフィジー諸島の制空権・制海権を握ったとしてもその後に陸軍部隊を上陸させて恒久的にこの2島を占領し続けるということはありませんよね?」


 伊藤が山本に少し強い口調で聞いた。ひょっとしたら山本がとんでもない大風呂敷を広げているのではないかと思ったのであろう。


「フィジー・サモアは艦砲射撃で徹底的に破壊するだけで、占領は考えていない。たとえ占領したとしても補給線が到底つながらぬ」


「そういうことでしたら良い案だと思います。作戦の詳細を説明してもらっても宜しいですか?」


 山本の話を聞いた伊藤は内心胸をなで下ろし、作戦に賛意を示した。作戦の細部はこれから詰めることになるが、現実的に可能そうだと思ったのだろう。


「作戦は主に3段階だ。1段目が潜水艦による輸送線破壊。2段目が米軍の防備が手薄な場所に対する航空攻撃。そして仕上げの3段目がフィジー・サモアも餌としておびき寄せた米空母部隊の撃滅だ」


「1段目と2段目の作戦によって米軍を焦らして、しかる後に米空母と決戦ですか。面白い案が軍令部から上がってきたものですな・・・」


 大石が感心したように呟いた。その顔は僅かに蒸気しており、この作戦に既に乗り気になっていることを窺わせた。


「2段目の航空攻撃には基地航空隊も参加するという認識で宜しいですか?」


 源田が疑問を提起した。

 

「そうだ」


 山本は頷いた。


「こうしてみると、この作戦案には昔東アジア全域を股にかけて暴れ回った『倭寇』の面影を感じさせますな」


 ここで源田が面白いことを良い、伊藤が少しだけ微笑みながら頷いた。源田の喩えが思いの外面白かったのだろう。


 この後、次期作戦の詳細を確認するための話し合いは続けられ、軍令部案から多少の修正が加えられた後に正式に認可された。


「では、本官の方から各部隊の作戦実施の旨を伝えとおきます」


 そう言った伊藤が、会議の終了を宣言したのは会議開始から約3時間後の事であった。


 作戦名は「角一号作戦」。盤上を自由自在に暴れ回る将棋駒の「角」にちなんで命名されたのだった。


 その裏に「倭寇作戦」という別称が取り付けられたのは言うまでもなかった。

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