第27話 ルーナ奪還作戦。

 夜の魔王城内を、アメリアはマチルダとプリムを従えて駆け抜ける。目指すは玉座のある謁見の間だ。

 マチルダは魔王がもう自室に戻っているだろうと言ったが、アメリアにはなぜだか魔王が玉座にて自分を待つ姿がイメージできていた。


 謁見の間の前に到着したアメリアは、無駄に豪華で悪趣味なレリーフの彫られた大きな扉を、走ってきた勢いで蹴り開ける。するとアメリアの予想通り、魔王は玉座にて酒で満たされたグラスを片手に座っていた。


「やはり来たか。そのような気がしていたぞ。最近城内でネズミが二匹走り回っておったからな」

 マチルダとプリムはギクリと気まずそうな顔をする。

 どうやらここ数日の二人の行動は魔王に筒抜けであったようだ。


「魔王!! ルーナを追放するだなんて、あなたどういうつもり!?」

「どうもこうもあるまい。あやつは私の所有物に手を付けた。裁かぬ理由は無いだろう」

「私があなたの所有物ですって!? バカ言ってんじゃないわよ! 大体魔王ともあろう者がキスくらいで何よ! 器が小さいんじゃないの!?」

 アメリアは魔王に歩み寄り、その胸ぐらを掴もうとした。

 しかし——


 バチン!


「きゃっ!?」

 魔王の前に現れた透明な壁によって、アメリアの手は弾かれる。それはメルティアの張る魔法障壁に似ていた。


「フン、お前は私を倒すと息巻いているようだが、この程度の障壁も破れんか」

「何よ……やろうっての!? やってやるわよ!!」

 アメリアは右手に拳を作り、赤いオーラを纏わせる。

 しかし、その手をマチルダが掴んだ。


「馬鹿者! また怪我をするのがオチだぞ!」

 マチルダは魔王に向き直り、床に片膝をつく。


「魔王様、御無礼をお許しください! 今宵我々がこの場に現れたのは、ここにいるアメリアが付き人であるメイド、ルーナ・パルティーンの追放を撤回していただきたいと魔王様に嘆願したいと言う故にお連れした次第であります!」

「わかっておる。そう畏まらんでもよい」

 魔王の言葉にマチルダは顔を上げる。


「王姫アメリアよ……。お前はあやつを、ルーナを愛しているのか?」

「なっ!? 何よそれ!?」

「愛しているのかと聞いている」

「愛……が何かはよく知らないけど、ルーナは私の大切な友達よ!」

「ならばその友のために、憎き私に頭を下げられるか?」

 アメリアは一瞬躊躇う。

 しかしその直後、勢いよく跪き、床にめり込むのでは無いかという程に深く頭を下げた。


「頭なんていくらでも下げてやるわよ! 私はね、勇者に逃げられた日から、プライドも品格も捨ててるのよ! でも希望だけは捨てなかった! それはルーナが私に寄り添ってくれたからよ! どう!? これで満足かしら!? なんならあなたのその酒臭い口にキスしてあげましょうか!?」

 アメリアの見事な土下座と力強い啖呵に、魔王はたじろいだ。


「そこまでしろとは言っていないが……。なるほど、我が妃候補がそこまでして頼むのであれば仕方あるまいな」

「何よ偉そうに!」

「偉そうではなく、私は偉いのだ。それ故に不便もある……」

 そう言って魔王の浮かべた笑みは嬉しそうでもあり、少し寂しげでもあった。


「良かろう。ならばお前にルーナの追放を止める機会をやろう。今頃ルーナは馬車に乗せられ、城の正門へと向かっている事だろう。その馬車が門を越える前にルーナを奪還できれば——」

「ルーナへの罰はなかった事になるのね?」

「いかにも。但し、条件がある……」

「何よ!?」

「もしも奪還が叶わなかった場合、お前には自ら進んで私の妃となってもらう」

「えぇっ!?」

「どうした? 臆したか?」

「……いいわ」

「ハッキリと口に出して誓え」

「もしもルーナを奪還できなかったら、私はあなたの妃にでも情婦にでもなってやるわ!」

 アメリアの誓いを聞いて、魔王は深く頷く。


「良かろう。では行くが良い」

「見てなさいよ! 絶対にあんたの思い通りになんてならないんだから!」

 アメリアは魔王に背を向けて駆け出した。

 マチルダとプリムはその背を追おうとしたが、立ち止まり、チラリと魔王を見やる。


「あの、我々は……」

「行け、護送の担当はブランシュだ。アメリア一人ではどうにもなるまい。但し奪還が叶わねば、お前達も降格と減給だぞ」

 二人は躊躇う事無く魔王に一礼をすると、アメリアの後に続いた。


「ふぅ……」

 三人が去り、ため息を吐いた魔王の隣に、背が高くてフードを目深に被った人物が暗闇の中から姿を現す。それは魔王軍内でも謎の多い人物として有名な、ザムと呼ばれる魔王の側近である。


「ザムよどう思う?」

「よい落とし所かと。魔王様は立場上ルーナへの処罰を下さねばならない。アメリア姫はご自身ではルーナの追放を止められない。しかし魔王様と姫の婚姻を賭けた戯れの景品としてならば、ルーナの追放は止められる可能性はある。どちらに転んでも魔王様の得というわけですな」

「あぁ、だが願わくば……」

 魔王はグラスの酒を飲み干すと、ゆっくりと玉座から立ち上がった。


 ☆


 謁見の間を出たアメリア一行は、売店のある城の正面ホールを抜けて正門へと向かう。そしてしばらく走ると、アメリアとマチルダは見上げる程に高い城門に挟まれた魔王城の正門へと辿り着いた。


「まさかお前、ここで正面から馬車を食い止めるつもりか?」

「だって、ルーナの馬車はここを通るんでしょう? だったらここで待ってるのが一番確実じゃない」

「だが罪人の護送には必ず兵が付き従っているものだ。どこかに隠れて待ち伏せした方が……」

 すると、少し遅れて二人に追いついてきたプリムが、宿舎のある方を指差した。


「もう遅いみたいだよ」

 見るとそちらからは、二頭の骨馬に引かれた一台の幌馬車がこちらに向かって来ている。御者台に座る男は門の前に立つ三人の姿を見ると、手綱を引いて馬を止めた。


「妙だな……護送の兵がいない。それどころか門兵すらも……」

「なぁんだ。魔王の奴、結局ルーナを追放するつもりなんて無かったのよ。意外といいところも——」


 その時、建物の影から複数の兵達が飛び出して来た。

 素早くアメリア達を取り囲んだその兵達の数は、ざっと二十はいるであろうか。追放者の護送にしてはあまりにも多い。


「——あるわけないわよねぇ……」

「ご丁寧に気配まで消していたか。これは完全に待たれていたな……」

 三人がそれぞれ身構えると、兵達の前に上空から翼を広げた影が舞い降りる。それは一週間前にルーナを連行していった、あの魔王軍風紀維持部隊のブランシュであった。


「こんな夜中にお散歩ですか? アメリア・エスポワール王姫。お風邪を召されませぬよう部屋まで送り届けて差し上げます。あなたがいるべき、あの塔へね」

 ブランシュはアメリアが、いや、ルーナと繋がりの深い三人が奪還に現れる事を読んでいたのだ。


「……ルーナを返してちょうだい」

「なりませんね。彼女は魔王様のお妃様候補であるあなたに手を付けた。それは許される事ではありません」

「その魔王が許すって言ってるのよ!」

「それは我々の手から、ルーナ・パルティーンを奪う事ができたらの話ではありませんか?」

 そしてブランシュは、三人が魔王に直談判をし、魔王がどのような条件を出すのかまでも読んでいた。


「魔王様はいずれこの世界を支配されるお方。そのためには、たかがメイド一人を裁く事を躊躇っていてはいけないのです」

「あなたや魔王にとっては『たかが』かもしれないけど、私達にとってルーナは大切な友達なの! だから——」

「力尽くでも取り返すと? いいでしょう。私もあなたと長々と議論をするつもりはありません。者共、あの者達を捕らえよ! 但し王姫には傷を付けるな!」

 ブランシュが合図をすると、アメリア達を取り囲む兵達が一斉にアメリアへと飛び掛かる。するとアメリアを庇うように立ちはだかったのは、マチルダとプリムであった。


「我々が道を作る! お前は馬車に向かえ!」

「ルーちゃんが待ってるのは、僕達じゃなくてアメちゃんだからね」

 アメリアが頷くと、マチルダは剣を一振りし、プリム腕を伸ばして鞭のように振り回し、前方の兵達を弾き飛ばした。その隙にアメリアは走り出す。

 陣形の崩れた兵達の間をすり抜けて馬車へと向かうアメリアの背を、空へと舞い上がったブランシュが追う。


「行かせませんよ姫様!!」

 アメリアは走りながら懐からルーナの杖を取り出すと、魔力を込めて呪文を唱える。


「我が呼び掛けに応じて力を貸し給え! お願い! メルティア!」

 杖先から放たれた光が宙空に魔法陣を描き、その中から飛び出した人間体のメルティアがブランシュへと魔法障壁を放った。


「べぶっ!?」

 顔面から障壁に激突したブランシュは鼻面を押さえたが、すぐに立て直し、再度アメリアに襲い掛かろうとする。その前には障壁を張ったメルティアが立ち塞がった。


「アメイア! ウーナ、タスケル!」

「おのれ幻獣めが!」

 鋭く伸びたブランシュの爪と、メルティアの張った障壁が空中で激突した。

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