第18話 召喚魔法はどうでしょう?

「となると、次はアメリアが魔王様を倒すためにどのような魔法を習得するかだな」

「それならやっぱり、超強力な攻撃魔法じゃないですかね?」

「いや、いかに莫大な魔力を持っていようとも、強力な魔法を放つには『溜め』というものが必要だ。普通に放っても魔王様にはまず当たるまい」

 それは魔王でなくともある程度の敏捷性を持つ魔物相手なら皆同じである。だからこそ多くの冒険者達は数人でパーティーと呼ばれるチームを組み、前衛と後衛に分かれて戦うのだ。


「じゃあ、どんなダメージを受けても瞬時に復活できるような治癒魔法ですか?」

「うーむ……。それについてなんだが、まずアメリアを妃にしようとしている魔王様が、アメリアを相手に傷を負うような攻撃をしてくるとは思えん。恐らくは拘束の魔法や眠りの魔法を使うか、一撃の当て身で気絶を狙ってくるだろう。つまり回復系の魔法は意味がないだろうな」

 もし魔王が「私に刃を向けるものは何者であろうが容赦せん!」というタイプであればともかく、「私を倒す? うーん……とりあえずやってみ」というタイプである魔王は確かにアメリアに対して回復魔法を必要とするような攻撃はしてこないだろうとマチルダは言いたいのだ。


「じゃあ、えーと……えーと……」

「必要なのは魔王様に攻撃を当てる手段だ。となれば、身体能力を上げる魔法や、幻影の魔法を活用して魔王様に近接し、感情剣を叩き込むのが現実的だろうな」

 要するに魔法だけでも剣だけでも魔王を倒すのは難しいだろうという事だ。


 それにしても、つい二月ほど前までは間違いなく不可能だと思われていたアメリアの魔王討伐が、早くも戦略を考える段階まできているのは凄い事ではなかろうか。


「なんか、嬉しいな」

 その呟きに、その場にいた一同はアメリアを見た。


「みんなのおかげで、私成長してる。修行も始めたばっかりだし、魔王討伐にはまだまだなのかもしれないけど、少しずつ強くなって目標に向かってるって感覚があるの」

「どうした急に?」

 珍しくしおらしげなアメリアの声音に、マチルダは戸惑う。


「私ね、エスポワールにいた頃はただなんとなくお姫様してただけで、大きな目標に向かって努力した事とかなかったの。そんな生活も平和で良かったけど、こうやってみんなと一緒に何かを成し遂げようと頑張るって、凄く楽しくて、嬉しいんだって気付いた。だから、ありがとう……」

 話を聞いていた一同は一瞬唖然としていたが、やがて照れたような笑みを浮かべた。


「言っただろう。私は目障りなお前に早く城から出て行って欲しいだけだ」

 と、マチルダ。


「友達を助けるのは当たり前だよー」

 これはプリム。


「わ、私は……。私は……」

 言い淀むルーナ。


「私は、自分でもどうして姫様を応援してるのかわかりません。でも、最初はとんでもない事言い出したなぁって思っていただけでしたが、姫様が頑張る姿に段々惹かれていって、今は本当に魔王様に勝って欲しいと思っています! だから、一緒に頑張りましょう!」

 アメリアは皆の顔を見渡し、力強く頷く。

 その目にはもう、勇者に対する恨みは映っていなかった。

 それはただ純粋に、魔王討伐という自らの目標に立ち向かう『勇者アメリア』の目であった。


「まぁしかし、お前が自分でも言っていた通り、魔王様を倒すにはまだまだ遠い。感情剣も完成していないし、魔法の習得だってこれからだ」

「そうですねぇ、山登りだと今ようやく一合目を登り始めたところでしょうか」

「試しに何か魔法を教えたりはしていないのか?」

「一応最初級の火の魔法だけなら……」

「あの魔力があればすぐにできただろう。試しに見せてみろ」

 マチルダに促され、アメリアは立ち上がると、窓辺に歩み寄って窓を開いた。そして指先を外に向ける。


「大袈裟だな。最初級の火の魔法といえば着火の魔法だろう?」

「それが大袈裟じゃないんですよ……」

 アメリアは目を閉じて精神統一すると、カッと目を見開き叫ぶ。


「点せ!!」


 ブボァ


 アメリアの指先から火が……いや、火炎が巻き起こり、窓枠とアメリアの前髪を焦がす。


「あちっ! あちっ!」

 アメリアはパタパタと頭を叩きながら席へと戻ってきた。

 それを見ていたマチルダは驚きの表情を浮かべている。


「い、今のが着火の魔法か!? 中級の攻撃魔法くらいの威力はあったぞ!」

「そうなんですよ。ただ魔法の発動はできるのですが、魔力のコントロールがまだ上手くできないみたいで……」

 ルーナの言う通り、アメリアは莫大な魔力をその身に巡らせて放つ事ができるが、コントロールが上手くいっていなかった。

 今放った火の最初級魔法である着火の魔法も、本来ならマッチの束程度の火しか出ないはずなのだが、コントロールが未熟ゆえに自身すらも燃やしかねない危険極まりない事になってしまっているのだ。しかも魔力というものは使うほどに疲労するので、今の一発でアメリアは軽くダッシュをした程度には疲れている。


「普通であれは魔力の放出量が魔法の発動に足りずに四苦八苦するものだが……。これはしばらく攻撃魔法の習得は控えた方が良さそうだな。あと、杖も使わせた方が良さそうだ」

「そうですね。あと私が教えられる事といえば、簡単な魔法障壁の張り方と治癒魔法くらいでしょうか」

「魔法障壁は良いじゃないか。今のアメリアが使えばとんでもないサイズになるだろうが……」

「他に姫様が覚えた方が良い魔法というと——」

 二人が議論をしていると、それまで空になったカップで遊んでいたプリムが言った。


「それなら、召喚魔法はどう?」

 大抵はこういう場合

『その手があったか!』

『プリムさん冴えてます!』

 となるはずなのだが、残念ながらそうはならなかった。


「「召喚魔法かぁ〜」」

 二人は声を揃えてそう言うと、示し合わせたかのように腕を組んで首を捻った。そんな二人にアメリアは尋ねる。


「召喚魔法って?」

「召喚魔法っていうのは、術者が魔物や精霊と契約を交わして、必要な時に呼び出して戦わせたり手伝ってもらったりする魔法なんですよ」

「それって、実在する魔物とかを呼び出すの?」 

「一時的に魔法生物を生み出す召喚魔法もありますが、それはかなり高度な魔法です。依代を用いたゴーレム召喚や武器の召喚はまだお手軽ですが……。とにかく、大体は実在するものを呼び出しますね」

「なんか情婦みたいね。呼び出される側にメリットはあるの?」

「そこは契約内容次第ですね。大抵の場合は魔力を対価として支払いますが、元から仲良しであれば空間を転移させる分の魔力だけで呼び出せたりもします」

「なるほどなるほど……。話を聞く限り便利で良さそうじゃない。なんかかっこいいし」

 アメリアの脳内では、愛らしくてモフモフした魔物を召喚して、それに指示を出して戦わせる自分の姿がイメージされていた。


「でも、なにかと面倒なんですよ……」

 ルーナ曰く、まず召喚できる魔物と契約を交わすのが面倒だそうだ。魔物側にある程度の知性が必要だし、術者が魔物よりも強くなければ反逆される恐れもある。だから契約相手は慎重に選ばねばならない。

 更に、移動用ならともかく、自分よりも弱い魔物を召喚して戦わせるメリットがある場合というのが少ない。特にアメリアの場合は魔王を相手にする事を想定しなければならないので、役に立つ契約相手がほぼほぼ存在しないのだ。


「魔王との戦いに役に立つ魔物かぁ……。あ! そうだ!」

 何かを思いついたアメリアは、先程開いた窓に駆け寄ると、身を乗り出して頭上を見る。するとそこには、いつも塔の屋上に鎮座しているドラゴンの顎が見えた。


「ねぇ! あなた私と契約しない!?」

「は? うるせぇ」

 ドラゴンは吐き捨てるようにそう言うとそっぽを向いてしまった。これまでの人生で初めて蔑ろにされたアメリアは鈍器で殴られたような衝撃を受け、かなり凹みながら席に戻る。


「あのドラゴンさんはダメですよ。普段は何かあった時のためにこの塔の警備をされていますが、もう魔王様と契約されていますから」

「えー、魔王の奴あんな強そうなのと契約してるの?」

「魔王様は他にも地上用に双頭の魔犬と、海上移動のために海竜と契約されてます」

 貴族が馬を飼う感覚で召喚獣を飼っている、なんだかブルジョアジーな魔王であった。


「じゃあ、マチルダを召喚して戦わせるってのは!?」

「バカな事を言うな。あの方は寛大ではあるが、軍の長として一度自分に下った者の反乱だけは許さん。普通に殺されてしまうぞ。そもそもそこまでお前に手を貸すつもりもないが……。まぁ、とりあえず、今は召喚魔法の事は忘れろ。しばらくは今まで通りに基礎修行を続けて、どんな魔法を習得するかは後々考えればいいだろう」

 アメリアはちょっぴり残念に思いながらも、素直に頷いた。

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