第14話 魔法を学びたいです。

「つまり、本来であれば剣に纏うべき怒りのオーラを、お前は右拳に纏って放ったというわけだ」

「どうやらそういう事みたいね」

「私が師匠から教わった感情剣は、元来『感情術』という武術の中の一つの技であり、感情術は武器だけでなくその身に纏ったり、魔法に効力を付加する事もできると聞いた事がある」

「じゃあ、私はその元来の感情術ってのを知らずに使ってしまったのね」

「恐らくな。しかし感情術を己の肉体に纏って使いこなすには、本来かなりの訓練が必要なのだ。特に攻撃の感情術はな」

「どうして?」

「……そうなるからだ」

 マチルダはベッドに腰掛けたアメリアの右手を見やる。

 その手はパンパンに腫れ上がっており、包帯がグルグルに巻かれていた。

 昨日、劇場の楽屋にて己の拳にオーラを纏って感情術を発動させたアメリアは、拳の骨が術の強さに耐えられずに痛めてしまったのである。


「バカ者ぉ!! せっかく修行が身になってきたのに、その様ではまた休まねばならないではないか!」

「だって仕方ないじゃないの。まさか発動するとは思わなかったし、知らなかったんだもの」

「いいか? 何事も一日休めば取り戻すのに三日はかかると言われていて——」

 そんな話をしている隣で、ルーナと一緒にマチルダの手作りババロアを食べているプリムにも骨の異常はすぐには治せないらしい。回復を早める事はできるらしいが、それでも完治にはしばらく掛かるようだ。


「大体お前は貧弱な純人族のくせに無茶を——はひぃん♡」

 プリムに耳を噛まれて、喧々喚いていたマチルダはビクリと跳ねて沈黙する。この一ヶ月マチルダは幾度もプリムに耳をカプられているが、慣れるどころか益々敏感になってゆくようであった。


「あむあむ……まぁ、ケガしちゃったもんは仕方ないよねー」

「そうですよ。それに、剣が振れなくてもできる修行はありますよ」

 アメリアは申し訳なさそうな表情を浮かべながらも頷く。


「そうね、ランニングとか感情のコントロールとか、出来る事はあるわよね」

「そうじゃなくて、私は常々姫様にはまだまだ武器が必要だと思っていたのですよ」

「というと?」

「魔法ですよ、魔法! そもそもちょっと変わり者なだけの一般ピーポーお姫様である姫様が剣技だけで魔王様に立ち向かおうってのは無茶にも程がありますよ」

 ルーナの言う通り、マチルダから術を学んでいるとはいえ剣一本で魔王に挑むというのは、それこそ勇者と呼ばれる者でも無茶な話だ。人の力を超えた事象を引き起こす事ができる魔法はアメリアの挑戦にとって必須の物となるだろう。


 すると、プリムの耳カプで悶えていたマチルダが復活してきた。


「ちょっと待て。魔法を学ぶのはまだ時期尚早ではないか? 剣術の基本もできていないうちにアレコレ詰め込んではアメリア自身も混乱するだろう」

「でも、早いうちに剣主体で戦うか魔法主体で戦うか決めておいた方が、今後の方向性が定まっていいんじゃないですかね? 素人考えですけど」

「ふむ、一理あるな……」

「それに、どうせこの怪我ですと剣は振れないでしょうし」

「……確かにそうだな。今のうちに触りだけでも魔法を学んでおくのもいいだろう。お前はどう思う?」

 マチルダに話を振られたアメリアは頷く。


「うん、私もやってみたいわ」

 少しでも早く魔王を倒して自由を手に入れたいアメリアにとっては、こんな所でただ足踏みをしているわけにはいかなかった。


「それなら決まりだな。しかし、私は魔法を教えるのには向いとらんぞ。一応中級程度の攻撃魔法は扱えるが、もしアメリアが私と同程度に扱えるようになったとしても魔王様には到底通用せんだろう」

「マチルダさんならそう言うだろうと思いまして、魔法のコーチの方も既に見つけてきて、アポも取ってあります」

 ルーナは腰に手を当てエヘンと胸を張る。


「お前の手際の良さと人脈はどうなってるんだ……?」

「これでもメイド人気ランキング二位なので」

 テヘリと舌を出して可愛らしくポーズを取るルーナを見て、マチルダは口をへの字に曲げるのであった。


 ☆


「ええっ!? ダメなんですか!?」

「すまない! 妻の出産が早まって、明日からしばらく魔界に帰ることになったんだ」

 本城と兵士宿舎を繋ぐ広い渡り廊下にて、魔王軍きっての雷魔法の使い手、『雷帝』グスタフはルーナに手を合わせ、深く頭を下げた。身長二メートルを超えるグスタフの頭突きを喰らいそうになり、ルーナはピョンと後ずさる。


「それなら仕方ないですね」

「一ヶ月くらいで帰ってくる予定だから、その後でいいならコーチを引き受けてもいいけど」

「うーん、でも一ヶ月も待ってたら姫様の怪我も治っちゃいますし……」

「なんなら俺の弟子のステイルに代わりを頼んでみようか? あいつも俺ほどじゃないけど中々の使い手なんだけど」

「それはお断りします!」

 グスタフの弟子であるステイルは、魔王軍の女兵士達から絶大な人気を誇る爽やかイケメン魔法剣士なのだが、女癖が悪く、あまり良い噂を聞かない。ルーナとしては単純にそんな者にアメリアに近付いて欲しくはないし、万一アメリアとステイルに何かがあった時に、二人を引き合わせたのがルーナだと知れたら大目玉じゃ済まないからだ。


「じゃあ、本当に申し訳ないけど……」

「いえいえ、大丈夫です。奥さんのエルメスさんによろしくお伝えください。元気なお子さんが産まれるといいですね」

 ルーナがそう言うと、グスタフは巨体を折り曲げながらペコペコと礼をして、その場を去っていった。


「と、いうわけです」

「偉そうな事を言っておいて何が『と、いうわけです』だ」

 背後に控えていたアメリアとマチルダを振り返ったルーナに、マチルダはペチンとデコピンをかます。プリムはどこかに遊びに行ってしまったようだ。


「確かにグスタフ殿は魔王様も一目置く存在であり、部下教育にも定評があるが、タイミングが悪かったようだな」

「でも大丈夫です! このルーナ、二の矢三の矢を用意しております!」

 そう言ってルーナは次のターゲットへと向かうのであった。

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